NHKスペシャル「人体」 万病撃退!“腸”が免疫の鍵だった

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NHKスペシャル「人体」 万病撃退!“腸”が免疫の鍵だった

「腸は、ウンチをつくるのが仕事の臓器」だなんて思っていませんか?実はいま、日ごろおなかを壊した時くらいしか意識することのない「腸」が、世界の研究者から大注目されています。食べた物を消化吸収する腸には、「全身の免疫を司る」という秘められた重要な役割があったのです。いま話題の「腸内細菌」が、腸に集結する「免疫細胞」と不思議な会話を交わしながら、私たちの全身をさまざまな病気から守る「免疫力」をコントロールしている。そんな驚きの腸の実像が見えてきました。 2018年1月14日放送のNHKスペシャル「人体」第4集・腸では、タモリさん・山中伸弥さんをW司会に、アメリカ大リーグで活躍する田中将大投手と、小島瑠璃子さんをゲストに迎え、腸と免疫の研究最前線に迫りました。

田中将大投手

2月4日(日)に『第5集 徹底解剖!ひらめく“脳”の秘密』を放送します。お楽しみに!

“マー君”の「鉄壁の免疫力」は腸で生み出されていた!

田中将大投手はプロになって丸10年、風邪や食中毒などで試合を休んだことは一度もないという、「鉄壁の免疫力」の持ち主です。実はそんな強じんな肉体を支えるのに、腸の働きが深く関わっていることがわかってきました。

腸は、食べ物だけでなく、それと一緒に病原菌やウイルスなどが常に入り込んでくる危険性のある場所。体内で最も密接に“外界”と接する臓器と言えます。だからこそ腸には、病原菌やウイルスなどの外敵を撃退してくれる頼もしい戦士「免疫細胞」が大集結しています。その数、なんと体中の免疫細胞のおよそ7割!それほど大量の免疫細胞が、栄養や水分を吸収する腸の壁のすぐ内側に密集して、外敵の侵入に備えているのです。

それだけではありません。腸の中には、全身から寄せ集めた免疫細胞の“戦闘能力”を高めるための、特別な「訓練場」まで用意されていることがわかってきました。それが、「パイエル板」と呼ばれる、小腸の壁の一部に存在する平らな部分です。パイエル板の表面には、腸内を漂うさまざまな細菌やウイルス、食べ物のかけらなどの「異物」を、わざわざ腸の壁の内部(つまり体内)に引き入れるための“入り口”が用意されています。そこから引き込んだ「異物」を、パイエル板の内側に密集する大量の免疫細胞たちに触れさせ、人体にとって有害で攻撃すべき敵の特徴を学習させているのです。

こうした腸での訓練を受けた免疫細胞たちは、腸で守りを固めるだけでなく、血液に乗って全身にも運ばれ、体の各所で病原菌やウイルスなど敵を見つけると攻撃する“戦士”となります。一見腸とは無関係に思えるインフルエンザや肺炎などに対する免疫力の高さも、腸での免疫細胞の訓練と密接に関係しているらしいことが、最新研究でわかってきています。腸はまさに「全身の免疫本部」。田中投手の「鉄壁の免疫力」も、腸のこんな知られざる役割によって生み出されていたのです。

パイエル板
ぶつぶつした中央のへこみは、パイエル板にある“訓練場”への入り口
(画像:旭川医科大学 甲賀大輔/日立ハイテクノロジーズ/NHK)

現代人に急増する“免疫細胞の暴走”と腸の関係

ところが近年、体を守るよう腸でしっかり訓練されているはずの免疫細胞が「暴走」し、本来攻撃する必要のないものまで攻撃してしまうという異常が、現代人の間に急増しています。それが、さまざまな「アレルギー」や、免疫細胞が自分の細胞を攻撃してしまう「自己免疫疾患」と呼ばれる病気です。最新研究によって、こうした免疫の暴走が招く病気の患者さんに「腸内細菌の異常」が生じていることが明らかになってきました。

今回番組で取材したイギリス在住の22歳の女性アスリートは、4年前に突然、命に関わるほど重症のアレルギーを発症し、深刻なショック症状を繰り返して幾度も生死の境をさまよってきました。彼女の便を検査したところ、ある特定の種類の腸内細菌が健康な人と比べて明らかに少なくなっていることがわかりました。一方、日本でいま急増している「多発性硬化症」という病気。免疫細胞が暴走して脳の細胞を攻撃してしまうという難病で、手足のしびれから始まり、症状が進むと歩行困難や失明などのおそれもあります。この病気の患者さんの便を調べると、やはりある特定の種類の腸内細菌が少なくなっていることが突き止められました。

人間の腸内にいる腸内細菌はおよそ1000種類、100兆個以上とも言われています。その中で、今回取材した重症のアレルギーと、多発性硬化症、異なる2つの病気に共通して減少していた腸内細菌がありました。それが「クロストリジウム菌」という腸内細菌の仲間です。およそ100種類いると言われるクロストリジウム菌の中で、ある種類が少なくなっていることが、どうやら「免疫細胞の暴走」と深く関わっているらしいのです。いま世界の研究者が大注目しています。(クロストリジウム菌の中には、病気を引き起こす有害な菌もいます。)

生きた腸内細菌
密集する細かい線状のものが、世界で初めて腸内で高精細に捉えられた「生きた腸内細菌」
(マウスの腸内で撮影)

「クロストリジウム菌」の意外な役割

患者さんの腸内で減少していたクロストリジウム菌という腸内細菌は、腸の中で何をしているのでしょうか。その謎を解く鍵は、免疫研究の世界的権威、大阪大学特任教授の坂口志文さんが発見した「特別な免疫細胞」にありました。これまで免疫細胞と言えば、外敵を攻撃するのが役目と思われていましたが、坂口さんが新たに発見された免疫細胞は、その逆。むしろ仲間の免疫細胞の過剰な攻撃を抑える役割を持つことが突き止められました。その免疫細胞は、「Tレグ(制御性T細胞)」と名付けられています。免疫細胞の中には、「攻撃役」だけでなく、いわば「ブレーキ役」も存在していたのです。このTレグの働きで、全身の各所で過剰に活性化し暴走している免疫細胞がなだめられ、アレルギーや自己免疫疾患が抑えられていることがわかってきました。

なんとそんな大事なTレグが、腸内細菌の一種であるクロストリジウム菌の働きによって、私たちの腸でつくり出されていることが、最新研究で明らかになってきました。クロストリジウム菌は、私たちの腸内の「食物繊維」をエサとして食べ、「酪酸」と呼ばれる物質を盛んに放出します。この物質、実は腸に集結する免疫細胞に「落ちついて!」というメッセージを伝える役割を担っています。クロストリジウム菌が出した酪酸が、腸の壁を通って、その内側にいる免疫細胞に受け取られると、Tレグへと変身するのです。

もし腸内でクロストリジウム菌が出す酪酸が少なくなると、Tレグも適正に生み出されなくなると考えられます。腸内でクロストリジウム菌が明らかに少なくなっていた、あの重症のアレルギー患者さんや、多発性硬化症の患者さんは、腸内でTレグを生み出す働きが弱くなっている可能性が考えられます。

クロストリジウム菌
電子顕微鏡で捉えた「クロストリジウム菌」(画像:日東薬品工業)

食物繊維が「免疫の暴走」を防ぐカギに!?

いま世界中で急増している、アレルギーや自己免疫疾患。Tレグを体内でほどよく増やすことができれば、これらの病気を抑えることが出来ると期待されています。どうすればTレグを増やせるのか。そのヒントが、理化学研究所の大野博司博士が発表した驚きの研究結果によって示されました。なんと、「食物繊維」がカギになると言うのです。

大野さんは実験で、クロストリジウム菌が腸内にたくさんいるマウスを2つのグループに分け、一方のグループには食物繊維が少ないエサを、もう一方のグループには食物繊維たっぷりのエサを与え続けました。すると、食物繊維たっぷりのエサを与えたマウスの腸内では、食物繊維が少ないエサを与えたマウスに比べて、Tレグがおよそ2倍も多く生み出されることがわかりました。つまりクロストリジウム菌は、エサである食物繊維を多く食べるほど盛んに「酪酸」を放出し、それによって腸でたくさんのTレグを生み出すことが確かめられたのです。

Tレグの割合
食物繊維をたくさん食べたマウスの腸内では、Tレグが多く生み出された

食物繊維と日本人の“特別な関係”とは

食物繊維はお通じをよくする効果などがよく知られていますが、実は日本人にとって太古の昔からとてもつながりの深いものだと言われています。日本人は、古くは縄文時代の狩猟採集生活のころから、ふんだんにとれた木の実やキノコなどから多くの食物繊維をとってきたと考えられます。その後も日本の食卓によくのぼる海藻や根菜などは、いずれも食物繊維がたっぷり。そのため日本人の腸内には、長い時の流れの中で、食物繊維を好んでエサにするクロストリジウム菌などの腸内細菌が多く住み着くようになったと考えられています。(海藻を分解することが出来る腸内細菌などは、日本人の腸に特有のものとして知られています。)

最近の研究で、腸内細菌研究の世界的権威・服部正平さんが、欧米など世界11か国と日本の健康な人の腸内細菌を詳しく比較したところ、驚くべきことがわかりました。日本人の腸内細菌は、食物繊維などを食べて「酪酸」など“免疫力をコントロールするような物質”を出す能力が、他の国の人の腸内細菌よりずば抜けて高かったのです。つまり私たち日本人の腸には、「鉄壁の免疫力」を生み出す潜在能力が、誰にでも受け継がれていると考えられます。

ところが、とくに戦後日本人の食生活は大きく欧米的な食生活へと変化し、食物繊維の摂取量も減ってきています。そうした急激な食の変化に、長い時間をかけて日本人の腸と腸内細菌が築き上げてきた関係性が対応しきれず、アレルギーや自己免疫疾患など「免疫の暴走」を増加させるような異変の一因となっている可能性が、研究者たちによって注目され始めているのです。