"DNAスイッチ"の研究が最も進んでいるのは、がん研究の分野です。最先端の分析技術によって、がん患者のDNAを詳しく調べたところ、「がんを抑える遺伝子」はちゃんと持っているのに、なぜか働かなくなっている人が数多くいることが判明。その原因は、DNAのスイッチがオフになっているためと分かってきました。そこで、スイッチをオンに戻す薬を開発し、がんを治療しようという試みが始まっています。

更新日
"DNAスイッチ"の研究が最も進んでいるのは、がん研究の分野です。最先端の分析技術によって、がん患者のDNAを詳しく調べたところ、「がんを抑える遺伝子」はちゃんと持っているのに、なぜか働かなくなっている人が数多くいることが判明。その原因は、DNAのスイッチがオフになっているためと分かってきました。そこで、スイッチをオンに戻す薬を開発し、がんを治療しようという試みが始まっています。
私たちの体の中では、DNAが傷ついたりすることによって、細胞が異常に増殖してしまうことがあります。それを放っておくと、がんになってしまいます。そんなとき活躍するのが、「がんを抑える遺伝子」。細胞の異常な増殖を抑える物質を作る働きを持っています。
私たちは本来、この「がんを抑える遺伝子」を生まれ持っており、がんの発症を日々抑えてくれています。しかし、がん患者の場合、何らかの原因(生活習慣や加齢など)で「がんを抑える遺伝子」がクチャクチャに折りたたまれてDNAのスイッチがオフになり、がんを発症することがあると考えられています。スイッチをオフにする鍵を握っているのが、「DNAメチル化酵素」という物質です。
そこで、この「DNAメチル化酵素」をコントロールして、「がんを抑える遺伝子」のスイッチをオンに戻すことによって、がんを治療しようという薬が開発されています。最初に登場したのは、「アザシチジン」と呼ばれる薬です。アザシチジンは、DNAを構成する塩基の一つ「シトシン」とそっくりな化学構造をしています。そのため、がん細胞が分裂してDNAが複製される際に、なんとそのDNAの中にシトシンの代わりに取り込まれます。
すると、「DNAメチル化酵素」がやって来ても、DNAにメチル基をくっつけることができなくなり、その結果、DNAが折りたたまれなくなります。つまり、「がんを抑える遺伝子」のスイッチがオフにならず、正常な状態を保てるというのです。
「アザシチジン」は、まず白血病(血液のがん)の一種とされる「骨髄異形成症候群」という病気で効果が認められ、日本でもすでに治療薬として承認されています。さらに、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学では、肺がんの治療に用いる臨床試験が進められており、効果が確認され始めています。
また、日本でも新たな臨床試験が始まっています。それは、国内でおよそ7000人いるとされる、小児がんの子どもたちを対象にしたもの。まだ詳しいメカニズムは不明ですが、小児がんの多くは、「がんを抑える遺伝子」のスイッチがなぜかオフになっていることが分かってきました。そこで、大阪市立総合医療センターや国立がんセンターなどが中心になって、そのスイッチをオンに戻す薬の臨床試験を、2018年10月からおよそ3年かけて実施。病気の子どもたちを救おうというのです。
この臨床試験では、「アザシチジン」とよく似た構造をした「デシタビン」という薬を用いています。これらの薬はどちらも「DNAメチル化酵素」をコントロールして、DNAのスイッチをオンに戻す働きを持ちます。また、DNAのスイッチを切り替える仕組みには、「DNAメチル化酵素」によるもの以外にも、さまざまなメカニズムが存在することが分かってきています。そのため、DNAのスイッチを切り替える薬も、それらのメカニズムに応じたいろんな種類のものが開発されつつあり、乳がんや大腸がんなど、多くのがんに対する研究が世界中で進められています。
これらの薬は、「がんを抑える遺伝子」の働きを正常に戻すという、これまでにない作用を持つため、抗がん剤や免疫療法などの従来の治療法とも組み合わせるなどして、新たな治療効果を得られるのではないかと期待されています。