NHKスペシャル シリーズ人体Ⅱ「遺伝子」第2集 "DNAスイッチ"が運命を変える

更新日

今、遺伝子の研究で最もホットな分野の一つが"DNAのスイッチ"、専門的には「エピジェネティクス(後成遺伝学)」と呼ばれるものです。なんとDNAにはまるで「スイッチ」のような仕組みがあり、その切り替えによって遺伝子の働きががらりと変化。さまざまな体質や能力、病気のなりやすさなどが変わり、私たちの運命や人生までも左右するというのです。その神秘の世界にお連れするのは、W司会のタモリさん・山中伸弥さん、さらに、遺伝子に興味津々の俳優の石原さとみさん・阿部サダヲさん。さあ、あなたの体の中にもある「運命を変える仕組み」を探検しましょう!

山中伸弥さん、タモリさん

石原さとみさん、阿部サダヲさん

驚き!体内のミクロの世界 運命を変える"DNAスイッチ"

「DNAのスイッチが運命を変える」。
そのことが科学的に確かめられたのは、同じ受精卵から生まれる双子、一卵性双生児の研究がきっかけでした。一卵性双生児は全く同じDNAを持っていますが、2人の体質や能力、病気のなりやすさなどは次第に異なっていき、運命は大きく変わっていきます。体の中には、どんな違いがあるのでしょうか?

例えば、がんなどの病気。1万6000組の一卵性双生児のデータの解析によると、生まれ持った遺伝子が原因でがんになる確率は、たった8%ほど。残りの原因は、育った環境や生活習慣などが影響している、という説明だけで済まされてきました。ところが、そこに"DNAのスイッチ"が大きく関わっていることが分かってきたのです。

"DNAのスイッチ"は全く同じDNAを持つ一卵性双生児の運命を分ける。

それを突き止めたのは、ジョンズ・ホプキンス大学のスティーブン・ベイリン博士らの研究グループです。注目したのは、細胞の異常な増殖を抑える働きを持つ「がんを抑える遺伝子」。健康な人では、この遺伝子が働いて、がんが防がれます。そこで、がん患者のDNAスイッチの状態を詳しく調べたところ、「がんを抑える遺伝子」を持っているにもかかわらず、そのスイッチがオフになっている人が多くいることが分かったのです。

最先端の研究によって、その不思議な仕組みが明らかになってきました。
まず、DNAのスイッチがオンの場合は・・・?
「がんを抑える遺伝子」の上を読み取り機のようなものが走ることによって、設計図が読み取られます。その情報をもとに「がんの増殖を抑える物質」が作り出され、がんが抑え込まれます。これがDNAのスイッチがオン、健康な状態です。

一方、DNAのスイッチがオフになった状態では・・・?
なんと、大切な「がんを抑える遺伝子」がクチャクチャに折りたたまれています。これでは設計図の情報を読み取れず、「がんの増殖を抑える物質」を作ることができません。DNAをクチャクチャにした張本人は、「DNAメチル化酵素」。この酵素は、「メチル基」と呼ばれる極小の分子をDNAにくっつけます。すると、それがあたかも磁石のような役目をして周りにある物質を引き寄せていき、ついには「がんを抑える遺伝子」がクチャクチャに折りたたまれてしまうのです。

こうしたスイッチの切り替えは、およそ2万個ある全ての遺伝子で起きる可能性があります。その結果、体質や能力、病気のなりやすさなどが変化し、私たちの運命が大きく変わっていくのです。

DNAメチル化酵素はDNAにメチル基をくっつけてスイッチをオフにする。
CG:「DNAメチル化酵素」はDNAにメチル基をくっつけてスイッチをオフにする。

がん撃退、記憶力アップ、若返りも!? 運命を変える方法

どうすればDNAのスイッチが切り替わるのでしょうか?
その詳しいメカニズムはまだ研究途上ですが、食事や運動などによって「DNAメチル化酵素」の量などが変化し、スイッチが切り替わることが分かってきています。特に影響が大きいと考えられているのが、生活習慣によるスイッチの変化です。(詳しくは、生活習慣によって「遺伝子の働き」を変え、健康効果をゲット!? を参照)

そしてさらに、「DNAメチル化酵素」を薬でコントロールしようという研究も進んでいます。特にがん研究の分野では、ジョンズ・ホプキンス大学で、世界に先駆けて臨床試験が進められています。DNAに直接作用する、新たな薬を開発。従来の治療法では効果の見られない、重い肺がん患者に投与します。

その薬の仕組みは、驚くべきものです。薬が投与されると、「がんを抑える遺伝子」にたどり着き、中に取り込まれます。すると、「DNAメチル化酵素」がやって来ても、その働きが抑え込まれます。そうして、「がんを抑える遺伝子」がクチャクチャに折りたたまれずに正常な状態を保ち、「がんを抑える物質」が作られるようになるというのです。

最初の臨床試験では、末期の肺がん患者45名が参加。およそ3割の患者で効果が見られ、中には腫瘍が完全に無くなった人もいました。

こうしたDNAスイッチを切り替える働きを持つ薬は、「エピジェネティック薬」とも呼ばれ、新たな治療法として大きな期待を集めています。(詳しくは、「がんを抑える遺伝子」に働きかける!注目の最新治療 を参照)

「がんを抑える遺伝子」のスイッチをオンに戻す薬の開発。
「がんを抑える遺伝子」のスイッチをオンに戻す薬の開発。

さらに、病気だけでなく、さまざまな能力や体質などに関わるDNAスイッチを切り替えるための研究も、盛んに行われています。

例えば・・・
運動する→「脳の神経細胞を成長させる遺伝子」のスイッチがオンに→記憶力アップ!?
音楽を聴く→「聴覚に関わる神経伝達物質」を作るスイッチがオンに→音楽能力アップ!?

ほかにも、「老化を進める遺伝子」のスイッチをオフにして肌を若返らせようという研究や、寿命を延ばしたり、糖尿病を防いだりといった、楽しみな研究が世界中で進められています。

私たちの体には「遺伝子の働き」を変えられる仕組みが秘められている。
私たちの体には「遺伝子の働き」を変える仕組みが秘められている。

衝撃!子や孫の運命まで変わる?"精子トレーニング"

DNAのスイッチによって、自分の運命だけでなく、自分の子や孫の運命まで変えられるかもしれない-。
そんな衝撃の事実も明らかになってきています。コペンハーゲン大学で研究されているのは、いわば"精子トレーニング"。毎日1時間の有酸素運動を6週間続け、子作り前のいっときだけ、みずからのメタボを改善。同時に、精子の中の「メタボに関わるDNAのスイッチ」を健康な状態に切り替えて、生まれる子どもに遺伝させようというのです。

しかし、これは今までの科学の常識では、ありえないとされていたことです。なぜなら、精子のDNAスイッチは受精に備え、いったん全てリセットされると考えられてきたからです。つまり、食べすぎて太ろうが、体を鍛えて筋肉を付けようが、親のDNAスイッチの状態は一代限りのもので、次の世代には決して引き継がれないとされてきました。

その常識を覆し、世界を驚かせたのが、ロマン・バレス博士です。太った男性10名から精子を採取。精子に含まれるDNAスイッチの状態を解析したところ、驚いたことに、リセットされていないスイッチが少なくとも2種類あることが分かりました。それはなんと、「食欲を増す」と「脂肪をためる」に関わるDNAのスイッチだったのです。これまでの研究で、太った人が運動やダイエットなどによって、精子のDNAスイッチを健康な状態にしうることも分かってきました。

今、こうした最先端の研究によって、親が「経験によって獲得した性質や体質」の一部が、次の世代に遺伝する可能性が明らかになってきているのです。

子作り前の
子作り前の"精子トレーニング"によって子どもの運命を変える。

"未来を生き抜く"仕組み 深遠なDNAスイッチの世界

DNAのスイッチという不思議な仕組みが、一体なぜ私たちの体に備わっているのでしょうか?
その本当の意味が、NASAなどが行った最新の研究で明らかになってきました。調べたのは、一卵性双生児の宇宙飛行士、スコット・ケリーさんとマーク・ケリーさんのDNAスイッチです。

国際宇宙ステーションに1年近く滞在したスコットさんと、地球に残ったマークさんのDNAに起きた変化を比較することによって、宇宙で起きた変化だけを詳しく分析しました。すると、宇宙にいる間に、スコットさんの体内では9000以上のDNAスイッチが変化。実に興味深い現象が起きていました。

宇宙では強力な放射線が降り注ぐため、DNAに傷が付き、がんなどのリスクが増すことが分かっています。それにあらがうように、「DNAの損傷を修復する」スイッチがオンに。また、無重力空間では、次第に骨がもろくなっていきます。それを防ごうと、「骨を作る物質を増やす」スイッチがオンになっていたのです。

驚くべきことに、人体はこれまで一度も経験したことのない、宇宙という環境にもなんとか適応しようとします。DNAのスイッチは、そんな未知の環境にもすばやく適応し、生き抜くために備わった仕組みなのです。

長い時間をかけて環境に適応する「進化」。そして、急激な気温の変化や飢餓など、短期間の環境の変化を乗り越える「DNAスイッチ」。その組み合わせによって、私たち人類は生き延びてきたと考えられています。そして、その遺伝子を、未来へと引き継いでいくのです。

DNAスイッチは未知の環境にもすばやく適応し、生き抜くための仕組み。(NASA)
DNAスイッチは未知の環境にもすばやく適応し、生き抜くための仕組み。(NASA)

この記事は以下の番組から作成しています

  • NHKスペシャル 放送
    “DNAスイッチ”が 運命を変える

関連タグ

病名
症状
部位