薬の効きやすい人とそうでない人 DNAがもたらす個人差

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人体(NHKスペシャル)

薬は、体にとって"ちょうどよい量"であれば薬ですが、多すぎると毒になります。効く人がいたり効かない人がいたり。副作用の出る人がいたり、出なかったり。その違いをもたらしているのは、DNA。今、このDNAがもたらす体質の個人差が、医療の世界で大きく注目されています。私たちの体には、異物(毒物)を代謝する能力が備わっていますが、その人のもつDNAの配列の違いによって、薬の成分を代謝する能力が異なるため、最適な量が人によって異なる可能性があるのです。このことをDNAがもたらす「多様性」という観点から見てみましょう。

あなたにとって最適な薬の量は、あなたのDNAタイプが決めている
あなたにとって最適な薬の量は、あなたのDNAタイプが決めている。

猛毒ヒ素を飲んでも平気!驚きの代謝能力

異物の代謝能力の違いを教えてくれる、極端な例を一つご紹介します。チリ、アンデス地方のある地域では、湧き出す水に、猛毒のヒ素がなんと安全基準の100~1000倍も含まれています。ところが、驚くことに、この地域に住んでいる人々の多くは、このヒ素を高濃度に含む水を飲んでも、健康上の問題もなく過ごしてきたというのです。(※現在は、このヒ素を含む地下水を飲むことは推奨されていません。)

チリ大学医学部のマウリシオ・モラガ博士は、「これほど高濃度のヒ素を摂取しても生存できるという事実は、医学の常識からかけ離れています。人間がこのレベルのヒ素に耐性を持ち、生き残っていること自体驚きです。」と話します。そこで、チリ大学の研究チームは、この地域の人々のDNAを詳細に解析しました。

その結果、多くの人が、驚くことに、「ヒ素を解毒する力を高めるDNA」を持つことが確かめられました。DNAがもたらす多様性によって、猛毒すら効率的に代謝できる人々までもが存在するのです。

チリ・アンデス地方では高濃度のヒ素を含む水を飲んで暮らす人がいる
チリ・アンデス地方では高濃度のヒ素を含む水を飲んで暮らす人がいる

身近なコーヒー カフェインの分解能力の違いも!

DNAによる代謝能力の多様性のもっと身近な例が、コーヒー。トロント大学のアーメド・エルソヘミー博士は、コーヒーを飲むことによる健康効果の違いが、カフェインの分解能力によって生じる可能性があることを発表しました。カフェインを分解するのは、肝臓ですが、肝臓での分解能力は、DNAの配列の違いによって大きな個人差があることがわかっています。

コーヒーに含まれる抗酸化物質には、血管を若返らせ、心臓を健康に保つ働きがあります。一方、コーヒーのカフェインには、血管を収縮させ、血圧を上げる可能性があると考えられています。(※カフェインには、健康に良い働きもあります。)エルソヘミーさんの研究によると、カフェインをすばやく分解できるDNAを持っている人では、コーヒーを飲むことで心筋梗塞のリスクが減少するのに対し、カフェインの分解速度の遅いDNAを持つ人では、コーヒーを飲むことで、心臓に負担がかかってしまう可能性があることがわかったのです。(※影響の度合いについては、現在も研究が続けられています。)

体の中でカフェインを分解する酵素を作り出す能力には大きな個人差がある
体の中でカフェインを分解する酵素を作り出す能力には大きな個人差がある

個人差に基づくテーラーメイド投薬と予防医学

ヒ素やカフェインと同じように、薬に含まれる成分の代謝能力には、人によって違いがあります。たとえば、血栓を溶かす抗凝固薬「ワルファリン」。日本人の中でも、DNAのタイプの違いによって、一日あたりの必要な投与量には、20倍以上もの個人差があることがわかっています。ある薬が、効く人と効かない人がいる。副作用が出る人と出ない人がいる。その違いが、DNAの研究から今急速に明らかになろうとしています。個人のDNAの違いに最も適合した「テーラーメイド投薬」が、いよいよ本格的に始まりつつあります。

ビタミンや栄養素を吸収する能力や代謝する能力も、人によって異なることが少しずつわかってきています。これまでの「ビタミンを1日*mgとりましょう」という、栄養摂取基準はあくまで平均的な人に対する目安量にすぎません。平均とは異なる個人が、何をどれだけ摂取すべきかを明らかにすることは、予防医学の今後の重要な課題の一つだといえます。

この記事は以下の番組から作成しています

  • NHKスペシャル 放送
    あなたの中の宝物 “トレジャーDNA”