たった1つの受精卵から数多くの種類の細胞に分かれていく(分化する)仕組みは、細胞同士が情報をやりとりする"メッセージ物質"の働きによるものであることがわかってきました。しかし、臓器を作るにはもう1つ重要な課題があります。それは、臓器としての形を作り、その中で正しく細胞が配置されることです。

更新日
たった1つの受精卵から数多くの種類の細胞に分かれていく(分化する)仕組みは、細胞同士が情報をやりとりする"メッセージ物質"の働きによるものであることがわかってきました。しかし、臓器を作るにはもう1つ重要な課題があります。それは、臓器としての形を作り、その中で正しく細胞が配置されることです。
人体の中には、非常に複雑な形を持った臓器がたくさんあります。たとえば、何度も枝分かれして入り組んだ肺の「気管支」、毛細血管が球状になった腎臓の「糸球体」などは、人工的に形を作ろうとしても、なかなかできない複雑さです。いったいどのようにして作られたのでしょうか?最新研究では、2種類以上の細胞が互いにメッセージ物質を"出し合う"ことで、こうした複雑な構造が生み出されることがわかってきました。
九州大学の三浦岳教授は、気管支の枝分かれ構造が生まれる仕組みをコンピューターでシミュレーションしています。気管支の管は、周囲にいる細胞から「管を伸ばせ」というメッセージが出ることで伸びていきます。しかし、この仕組みだけで枝の伸び方をコントロールすることは非常に困難です。そこで、三浦さんは「管の細胞」と「周囲の細胞」が互いにメッセージ物質を出し合う条件にしてみました。すると、非常に単純なルールを与えるだけで、気管支の枝分かれによく似た構造がひとりでに現れたのです。いわば、一方的に「導く」のではなく、互いに「相談する」ことで、複雑な構造でも比較的簡単に作り出せることがわかったのです。
熊本大学の西中村隆一教授と太口敦博助教のチームは、実際の細胞を使って複雑な構造ができる仕組みの解明に挑んでいます。注目しているのは人体の中で最も複雑ともいわれる「腎臓」です。すでに糸球体とその先に続く尿細管・集合管などの一部を作り出すことに成功し、いまは腎臓全体の構造を再現しようと研究を進めています。そしてここでも、複雑な構造を作るためのカギは、2種類以上の細胞を接触させ、互いにコミュニケーションさせながら培養することであることがわかっています。
複雑な人体の構造の中に、さまざまな種類の細胞が正しく配置される仕組みにも細胞同士のメッセージのやりとりが深く関わっています。細胞が正しく配置されていることは、私たちが生きていくために非常に重要なことです。たとえば、肺の気管支の内側には「粘液を出す細胞」と「毛でゴミを運ぶ細胞」が規則正しく並んでいます。これらの細胞が絶妙な割合で並んでいないと、気管支に侵入してきた細菌やウイルス、ゴミなどをうまく排出することができなくなってしまうのです。この配置はどうやって決まるのでしょうか?
それを解明したのが理化学研究所の森本充チームリーダーです。気管支ができていく時、伸びていく先端部分には、細胞は1種類しかありません。しかし、先端から少し離れたところになると管の細胞同士の"会話"が始まります。細胞が隣の細胞に「自分とは別の種類の細胞になって!」というメッセージを伝え始めるのです。このメッセージによって、2種類の細胞が交互に並ぶようなパターンが生まれて、最終的には絶妙な配置になっていくことがわかりました。
このように、受精卵から人体ができるまでのあらゆる場面で、メッセージ物質が大活躍しています。人体は細胞たちがメッセージを出し合い、目には見えない「ミクロの会話」をすることで生まれてくるのです。