国内に70万人以上の患者がいると言われる「関節リウマチ」。ある日突然発症し、関節に炎症が起きて腫れや痛みが慢性化。やがては骨の変形にまで至ります。いまだ原因がわからない部分が多く、予防や治療も難しい、大変な病気です。
しかしいま、「生物学的製剤」という新しい薬が、そんな関節リウマチの治療に劇的な変化をもたらしています。従来から使われている関節リウマチの薬では十分な効果がみられないような場合でも、とどめようのなかった症状の進行が食い止められ、患者によっては大きく快方に向かうケースも現れているのです。日本では2003年にこの薬が認可され、いまや患者の4割が使っているという調査結果があります。発症後2年以内に急速に進むといわれる骨の破壊の進行を「食い止める」効果があるとされ、4割程度の患者で著しい効果が、また8割以上の患者で一定の効果が認められています。
この画期的な薬は、関節リウマチを引き起こす原因の一端が解明されたことによって、生み出されました。関節リウマチの患者の関節内では、本来体を守る役割のマクロファージと呼ばれる免疫細胞に異常が起きており、自分の体の一部である関節の組織を「攻撃すべき敵」と見なしてしまっています。そうして敵もいないのに活性化し、"戦闘モード"になったマクロファージから、「TNFα」という物質が大量に放出されていることがわかりました。この物質、いわば「敵がいるぞ!」という警告メッセージを仲間の免疫細胞に伝える働きがあり、これを受け取った他の免疫細胞も次々と活性化して、"誤った警告メッセージ"を拡散していきます。大量の免疫細胞は、体の一部である関節の組織を攻撃し、破壊。さらに、活性化したマクロファージ同士が合体して、「破骨細胞」と呼ばれる別の細胞に変化し、骨まで壊してしまうのです。
そこで開発されたのが、誤って放出されているTNFαに結合して、それが他の免疫細胞に伝わるのをブロックする薬=「生物学的製剤」です。なお、関節リウマチに関わる免疫細胞からの放出物質は、TNFαの他にも「IL-6」などさまざまなものが発見されており、それらの働きを抑える生物学的製剤も次々と開発されています。
生物学的製剤は、病院で点滴によって投与するタイプのほか、自分で注射できるものもあり、患者さんの症状やライフスタイルなどに応じて、無理なく続けられる最も適切なものを専門医が処方しています。この薬について、お近くの専門医に詳しく相談したいという方は、日本リウマチ学会が提供している専門医の検索サービスなどが参考になります。(http://pro.ryumachi-net.com/)
劇的な治療効果を上げている生物学的製剤ですが、課題もあります。化学合成される一般的な薬とは異なり、生物学的製剤は大量生産することが難しいため、薬価が高くなります。薬剤によって異なりますが、月に数万円ほどの費用負担がずっと続くようなこともあり、経済的な理由から治療に踏み切れないという声もあります。また、副作用や効果についても個人差があるため、他の薬と同様、決して万能ではない点にも注意が必要です。
それでも、「生物学的製剤」の登場が関節リウマチ治療の大変革だと言われるのは、多くの患者で症状が消え、発症前と同じ暮らしができるほどにまで回復(寛解)するという成果を挙げているためです。
小学5年生のときに発症し、20年以上関節リウマチに苦しめられてきた30代の女性患者さんは、「たった注射一本で、今までどんなにいろんな薬を使っても変化のなかった出来事が一気に起きた。これからも、根治に近い形での治療が可能になるような方法がどんどん開発されていくのではないかと期待したい」と語ります。この女性も、生物学的製剤を使い始めてから劇的に症状が改善し、あきらめていた「子どもを持つ」という夢をかなえることができたと言います。
日本で薬が使われるようになってから15年あまりが経ち、副作用の傾向や薬の効果についての知見も深まってきました。NHKスペシャル「人体 ~神秘の巨大ネットワーク~」で司会を務める京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんは、30年ほど前、まだ医師になったばかりのころに、整形外科医を目指して最初に受け持った患者さんが重い関節リウマチを患っていたと言います。しかし当時はまだ痛みを取る対症療法しかなく、医師として何もできない無力さを感じたそうです。「本当に夢のようです。30年でここまで来るんだと思うと、すごくうれしいです。この生物学的製剤の開発には、日本人研究者も深く関わっていて、とても誇りに思っています」と語る山中さん。"免疫細胞の暴走"という関節リウマチの原因の一端が解明されたことで、医療の世界に大きな光明がもたらされたのです。