増える高齢者の仕事中の事故
高齢者の労働中の事故やケガが増加しています。2023年5月に厚生労働省が発表した労働災害発生状況によると、労働災害の中で60歳以上の人が占める割合は年々増え続け、28.7%にまでなっています。さらに60歳以上の事故発生率を30代と比較すると、男性はおよそ2倍、女性はおよそ4倍にもなっています。


どんな事故が多い?
では、高齢者の仕事中の事故にはどんなものが多いのでしょう?典型的なケースをみてみましょう。


工場で働く60代の女性、サナエさんは、水をまいて拭き掃除をしていたところ、濡れた床に足を滑らせて転倒してしまいました。そのとき、右手をついて、骨折。全治6か月のケガを負ってしまいました。
「転倒」は高齢者の事故に典型的なパターンの一つです。高齢、特に女性では体幹の衰えにより、バランスを崩しやすくなるうえ、女性ホルモンの減少により骨密度が低下していて骨折しやすいというリスクもあります。
実際に転倒による労災の発生率は60代以上では20代の15倍にもなっています。


続いて60代の男性、タカシさんです。蛍光灯を取り替えるため、脚立で作業をしていたところ、足を踏み外して落下してしまいます。右足を床に打ち付け捻挫と診断されました。
労災の分類には、高い場所からの「墜落・転落」というものがあるのですが、これも高齢になるほど増えていきます。加齢によりバランス感覚が衰えることや、紹介した例では電気を取り替え作業中ということで、視力の衰えにより足元がよく見えず無理な姿勢をとろうとしてしまったことも考えられます。
他にも持病による影響も無視できません。特に男性で中年期以降に増えてくる「睡眠時無呼吸症候群」は日中の集中力の低下や、眠気につながります。すると機械などへの「はさまれ・まきこまれ」事故や交通事故のリスクとなります。
また、糖尿病が進行すると筋肉量が減りやすくなるので転倒につながったり指の柔軟性が低下して、ものを落としやすくなったりするので注意が必要です。
対策は?
働く高齢者の事故をどう防ぐか。厚生労働省では対策として、2020年に「エイジフレンドリーガイドライン」を公表。作業場所の明るさを確保することや階段に手すりを設け、段差をできるだけ解消すること、リフトやパワーアシストスーツを導入することなどを事業所に求めています。
では、働く人自身はどのようなことに気をつければいいのでしょうか?
①自分の体力を知ろう
加齢とともに多くの人で体力が低下していきます。体力が低下するのはある程度やむを得ないことなのですが、危険なのが「本人の認識」と「実際の体力」にかい離ができてしまっている状態です。実際の体力よりも、実際の体力を過大評価してしまっている人は注意が必要です。若い頃の気持ちのままでいると、「またげる」と思った段差がまたげない、「持てる」と思ったものが持てなくて落としてしまう、といったことが起こり、事故やケガにつながります。「現在の体力」を知るため、自治体などで行っている体力測定会に参加してみるのといいでしょう。
②十分な睡眠をとろう
実は労働事故と睡眠不足は関連するというデータがあり、6.5時間以下の睡眠時間だと仕事中の事故が3割増える、という報告もあります。
③薬には気をつけよう
例えば、睡眠薬や抗不安薬などは、副作用で足下がふらつくことがあるので、転倒のリスクになりますし、鎮痛剤の薬の中には、ボーッとする副作用があるものもあるので転落などのリスクになります。
しかし、薬をのまないわけにもいきません。薬をのむタイミングは決まっていますので、シフトが調整できるのであれば、影響の出ない時間に仕事を入れてもらうとよいでしょう。また主治医に相談することも大切です。状況に応じたアドバイスがもらえると思います。
④適切な運動習慣を
体力の維持は、仕事だけでなく、生活全般を支えるものなのでぜひ意識してください。また運動習慣は肥満予防にもなります。適正体重の維持は、労災を防ぐことにつながるとされていますので、そうした意味でも取り組むといいでしょう。
「仕事中のケガを防ぐ!2つの運動」を紹介します。
股関節回し


年齢とともに、体が傾いたり、倒れることを感じる能力が低下します。そんな衰えがちな平衡感覚を養うトレーニングです。
まず、頭をまっすぐにしたまま、腰を左に突き出して、体を傾けます。頭をまっすぐしたまま、体をねじらないで行うのがポイントです。終わったら右側に腰を突き出し、同様に行います。2、3回やって慣れてきたら、そのまま腰をぐるっと1周させましょう。準備体操のような軽い気持ちで行うとよいでしょう。
転倒予測ステップ


突然の転倒に備え、とっさに手と足がでるように準備しておこうというものです。ケガの程度を軽くすることも期待できます。
立った状態で腰に手を当てます。この時、手はグー。握り拳の状態で当ててください。
そして、右斜め前に右足を一歩踏み出して、着地と同時に手をパッと開いて地面につくように突き出します。そして、また手をグーの状態で腰に当てて、左斜め前に左足を踏み出して、手をパッと広げます。手は着地と同時に開くことがポイントです。
転倒する時というのは、何かを運んでいる時が多いもの。ですから初めは、手はグー。そして、転倒した時に体を守るために手を開いて受け身が取れるように、という訓練でもあります。
こうした運動は、体力がなくなる60代、70代で始めるのではなく、40代、50代でやりはじめると、より有効です。