ウイルスの増殖力を利用したがん治療 腫瘍溶解性ウイルス療法とは?

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脳腫瘍前立腺がん

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腫瘍溶解性ウイルス療法とは

腫瘍溶解性ウイルス療法(略してウイルス療法)は、脳腫瘍のうち悪性神経膠腫(あくせいしんけいこうしゅ)の治療として2021年に承認された、これまでにない発想に基づいた新しい治療法です。使われるのは「単純ヘルペスⅠ型」というウイルス。ウイルスががん細胞だけで増え、正常な細胞では増えないように遺伝情報を改変します。このウイルスをがん細胞に感染させると、ウイルスが次々にがん細胞を殺していくことが確かめられています。つまり、ウイルスの増殖力を使ってがんを治療するのです。さらに、がん細胞を破壊するだけでなく、患者自身の免疫が刺激されて、がんに対する免疫細胞の攻撃力が高まるため、転移や再発にも効果があるのではないかと考えられています。初期治療のあとに腫瘍が再発したか、腫瘍が残ってしまった膠芽腫の患者に対する治験では、従来の治療では約15%だった1年生存率が84%に向上したという結果が出ています。手術や放射線、化学療法など従来の治療法とも併用が可能であることから、近い将来、悪性神経膠腫の治療の重要な一翼を担うと期待されています。

腫瘍溶解性ウイルス療法で承認されている薬

腫瘍溶解性ウイルス製剤 テセルパツレブ(デリタクト注)2021年承認

  • 治療対象となる疾患:悪性神経膠腫
    ※グレード3以上で、一回でも放射線治療とテモゾロミド(抗がん治療)を受けたことがある人

※現在、この治療が受けられるのは、東京大学医科学研究所附属病院のみですが、治療が受けられるかどうか、直接問い合わせをすると医療現場が混乱しますので、まずは主治医とご相談下さい。

※この治療は、国の制度に基づいて一定の効果や安全性が確認され、保険適用になったものです。高額療養費制度が利用できますので、自己負担は抑えられています。
ただし、高度な治療法ですので、主治医からの紹介が必要です。まずは主治医とご相談下さい。

脳腫瘍以外のがんにおける臨床試験

他のがんへの治療の展開を目指し、がん治療用ウイルスを使った臨床試験が、脳腫瘍以外でも進められています。
2022年3月から杏林大学医学部付属病院で始まったのが、男性のがんの中でも患者数の多い前立腺がんに対する治験。転移した状態で見つかった患者さんを対象に、ウイルスによる免疫の活性化が転移したがんにも効果があるのかを調べています。超音波の映像を見ながら、大本の前立腺がんに治療用ウイルスを注射していきます。転移したがんに効くことは動物実験では確認されています。
さらに、信州大学医学部附属病院で行われている皮膚がんの一種、悪性黒色腫に対する治験では転移がんへの効果が見え始めています。この治験では、標準治療の既存の薬と併用して、がん治療用ウイルスを腫瘍に注射する方法が行われています。

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ウイルスで脳腫瘍を治療する

腫瘍溶解性ウイルス療法に関するQ&A

◎ウイルスをがん治療に使う一番の利点は?

藤堂:さまざまな利点がありますが、1つは、今ある脳腫瘍の治療法というのは手術で切り取るということ以外には化学療法という抗がん剤を使う方法、それから放射線治療、大きくこの2つしかないわけです。それとは全く違うアプローチによる治療法が1つ増えるというのが最大の利点です。今までは放射線と化学療法を組み合わせて、あるいはどちらかという方法でしかなかったのが、それにもう1つ違うものが組み合わせることができるということは、それだけ治療の選択肢が増えることになります。また、ウイルスを投与すると、ウイルスががん細胞だけで増えて破壊するわけですが、その増える過程で、体のほうとしては突然入ってきて急に増え始めたウイルスを排除するために免疫が一生懸命働きます。その免疫がウイルスを排除する過程で、がん細胞を同時に排除するので、がん細胞を免疫が初めて非自己として認識するようになります。つまり、抗がん免疫ができるということです。そうすると、局所に投与したウイルス療法ではありますけれども、全身に免疫を介して効果を現す可能性がある。そこがほかの治療と圧倒的に違うところです。
さらに、今のところ抗がん剤や放射線に比べると副作用が比較的軽いと考えられています。ですから、ほかの治療法といくらでも組み合わせることができるということになりますし、さらに言えば、副作用が少ない順から治療をやるほうが体に負担が少ないので、比較的早い段階で選ぶ治療法になる可能性があると思います。

◎ウイルスをがんの治療に利用する研究の歴史は?

藤堂:ウイルスをがんの治療に利用しようという試みは相当前から行われていて、歴史をひもとくと、かれこれ70年ぐらい前から研究されています。それが最近まで治療法として確立しなかったのは、ウイルスが正常組織で病気を起こさないようにする方法がなかなか見つからなかったためです。それが遺伝子組み換えという技術ができて初めてウイルスを正常細胞で増えないようにすることができるようになったわけです。簡単に言えば、ウイルスが増えるために必要な遺伝子を取ってしまえばいいのです。そうすると、そのウイルスは正常細胞では増えることができなくなります。

◎このウイルス療法が初めに脳腫瘍の治療法として研究された理由は?

藤堂:そもそも私が研究を始めたきっかけというのが脳外科医として脳腫瘍を治したいという、そういう動機から始まっています。脳神経外科の歴史が始まって以来、悪性神経膠腫という悪性脳腫瘍は、最も大きなチャレンジであり続けてきて、ウイルス療法が出てくるまでは基本的には治らない病気だといわれてきていました。いろいろな治療法が開発されてきて、少しずつ再発までの期間が長くはなっていますが、どうしても再発が必ず起きる、しかも再発したあと、なかなかいい治療法が見つからないという現状があったなかで、ウイルス療法をまず脳腫瘍に対して自らの手で開発を進めようと思ったのがきっかけです。

◎ウイルス療法の今後の展望は?

藤堂:動物実験の段階では、調べた固形がんはすべてに効果があります。一方で今、臨床試験としては、前立腺がんと、それから嗅神経芽細胞腫という極めてまれながん、それから悪性胸膜中皮腫という、この3つに対して臨床試験をこれまでやってきています。それらのがんに対して、今のところは安全に投与できるということがわかっている段階です。ただ、すべての固形がんでメカニズム的に同じように効きますので、将来的には、すべての固形がんになるべく早く広げたいと思っています。つまり、放射線治療と同じように、このウイルス療法が、すべての固形がんの患者さんが希望すれば、選択肢として選べる治療法にしたいと思っています。

この記事は以下の番組から作成しています。

クローズアップ現代

【クローズアップ現代】

2022年7月25日(月)放送
『ウイルスの力を病気を治す力へ~がん・難病治療の新戦略~』

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