インターネットの脳への影響と「適切なつきあい方」

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依存症

今や私たちの暮らしに欠かせないインターネット。しかし過剰な利用をコントロールできない「依存」に苦しむ人も現れています。また最新の脳科学の研究からインターネットの利用時間が増えることで子どもの脳の発達に抑制がかかるという深刻な結果も明らかになってきました。一方、適切な距離を保ちながらインターネットを利用するための研究も始まっています。

Eテレ「サイエンスZERO」の内容を記事で詳しくお伝えします。
記事の中にインターネット依存度のチェックリストへのリンクも掲載しています。


街中でスマホを使う様子

若年層に広がる「ネット依存」

長年ネット依存の診療にあたる久里浜医療センター名誉院長・樋口進さんらのグループが行った調査によると、中高生でネット依存が疑われる人の割合は2012年では7.9%であったのに対し2017年は14%にまで増加し、その数は全国で93万人と推定されています。

久里浜医療センターの樋口進 名誉院長

久里浜医療センターの樋口進 名誉院長

インターネットコンテンツの中でも依存性が高いとされているのが、若者が多く利用するソーシャルメディア、いわゆるSNSです。

アメリカの調査では、18歳から22歳の45%が「自分はSNS依存かもしれない」と回答するなど、使いすぎを自覚する人は少なくありません。

かつて依存に陥っていたという大学1年のエマ・レンキさん(ワシントン大学セントルイス校)に話を聞くことができました。レンキさんは小学校5年生でスマホを手に入れ、中学3年までSNSに没頭していました。当時は1日5~6時間をSNSに費やしていたといいます。不安や憂うつな状態が増え、通知音に条件反射してスマホに手を伸ばすといった重い依存症に苦しみました。

エマ・レンキさん(ワシントン大学セントルイス校)

エマ・レンキさん(ワシントン大学セントルイス校)

レンキさんがSNSを頻繁にチェックする習慣をやめられなかった大きな理由は、周りから取り残されることに恐怖を感じていたためでした。しかし一方でSNSを見るたびに、強烈な劣等感を覚えていたといいます。

「見逃すことが怖いんです。友達がどこへ行ったのか、彼らに何が起きているのか。SNSなしにどうやって知るのでしょう。でもSNSはハイライトを集めたもので、誰かのすごい体験をみんなが見る。特別な瞬間などない自分を常に意識させられるんです」(レンキさん)

レンキさんのように“置いていかれる恐怖”がSNSから離れられない理由になっている人も多いと樋口さんはいいます。

「仲間といろいろやり取りをしていて、自分だけ置いてきぼりになるというのを皆とても怖がるんです。患者さんたちには、見るのはいいけれども書き込むのはしばらくやめようよと言っています。書き込むと必ず反応を見たくなりますので」(樋口さん)

ネット依存が疑われるときは

久里浜医療センターではネット依存の度合いをチェックするために20項目からなるスクリーニングテスト「インターネット依存度テスト(IAT)」を行っています。

インターネット依存度テスト

合計点が40点から69点が「グレーゾーン」、70点以上が「治療が必要なレベル」とされています。

「70点以上だった場合は、まずは各都道府県と政令指定都市に設置されている精神保健福祉センターの依存の相談窓口に相談してみるといいと思います」(樋口さん)

詳しくはこちら

ネットの頻繁な利用が脳の発達を抑制

依存とまでいかなくても、ネットの利用時間が増えることで、子どもの脳の発達に抑制がかかることが脳科学の最新研究から明らかになってきました。川島隆太さん(東北大学加齢医学研究所 所長)らの研究グループは、8歳から14歳の子ども200人余りを対象に、インターネット利用が脳の成長に与える影響を追跡調査しました。

東北大学加齢医学研究所の川島隆太所長

東北大学加齢医学研究所の川島隆太所長

川島さんが注目したのは脳の体積の変化です。脳の体積が増えるということは、脳の神経細胞と神経細胞をつなぐネットワークの複雑さが増し、脳が成長したことを意味します。

そこで脳の認知機能を担う「灰白質」と情報処理能力に関わる「白質」の体積の3年間の増加量を調べたところ、インターネットを利用する頻度が高い子どもほど灰白質も白質も増加量が少ないことがわかりました。特に思考や記憶、コミュニケーションに大事なはたらきを持つ、前頭葉の「前頭前野」での成長の差が大きいことも明らかになりました。

灰白質と白質の3年間の増加量をあらわすグラフ

「前頭前野は生涯に2回急成長のチャンスがあります。0歳から5歳の間、そして思春期です。前頭前野の体積が増えなかったということは、脳のつながりが弱いまま3年間が過ぎてしまったということです。インターネット利用が頻繁になり、思春期に爆発的に発達するはずの前頭前野の発達が止まってしまうということは非常に深刻だと思います」(川島さん)

インターネットを頻繁に利用した子どもたちはなぜ脳の体積があまり増加しなかったのか。川島さんたちは前頭前野の血流から脳の活動度を調べる実験を行いました。まず実験の参加者に「僥倖(ぎょうこう)」「憐憫(れんびん)」といった難しい単語10個の意味を、スマートフォンで調べてもらいます。

前頭前野の血流から脳の活動度を調べる実験

そして次に、紙の辞書で先ほどとは別の10個の単語の意味を調べます。

血流を比較すると、スマホを使った時よりも、紙の辞書を使った時の方が右脳でも左脳でも脳活動が高くなっていることが分かりました。

スマホと紙の辞書を使った時の脳の血流量の比較

脳の血流量の比較
スマホより紙の辞書を使った場合の方が血流量が多く、脳活動が高い

「私たちの脳というのはどうも実際の場面でリアルに行動しないと働かないようです。特に前頭前野はそういう性質を持っているんだという風に考えています」(川島さん)

ネットとの適切な距離を取る “ちょっとした工夫”

もし自分がインターネットに依存気味だと感じた時、どう向き合い方を変えていけばよいでしょうか。適切な距離を取りながらインターネットを利用する方法を、スタンフォード大学で行動デザインを研究するスティーブン・クレインさんに聞きました。

スタンフォード大学行動デザインラボ スティーブン・クレインさん

スタンフォード大学行動デザインラボ スティーブン・クレインさん

「ネットのサービスは、簡単に楽にそしてスムーズに使えるように考え抜かれた工夫が施されています。残念ながら過剰な利用は私たちユーザーの自己責任になっています。ですから自分でもう少し使いにくく、楽しめないようにする必要があるのです」(クレインさん)

人間は『やりたい』『できる』『きっかけ』という3つの要素がそろった時に行動するというクレインさん。この3つの要素を減らすことでインターネットの過剰な利用を抑えることができるといいます。

クレインさんが提唱するスマートフォンの使い方です。

  • 「きっかけ」を減らす
    スマホの“お休みモード”をONにして必要な通知以外来ないようにする。通知が来たことをきっかけに、ほかのアプリまでチェックしてしまう行動を減らせる。
  • 「できる」をなくす=やりにくくする
    パスワードは保存せず、長いものを使う。指紋認証や顔認証など簡単にログインできるものは使わない。
  • 「やりたい」気持ちを抑える
    人は本来色にひかれる。スマホの画面の色を赤一色などに変えると、色を見るときの興奮がなくなり、「使いたい」という気持ちが湧かなくなる。
スマホの画面を赤くすると使いたいという気持ちが湧かなくなる

「簡単なことから始めて、頑張って一日それがやり通せたら「成功した!」と思うようにしてみてください」(クレインさん)

樋口さんが患者に強く勧めているのは、家族全員でインターネットを使わない時間帯を作ることです。スマホを使わないことに抵抗する子どもも、親も一緒だと「やってみるか」という気持ちになることがあるといいます。こうすることで親子で会話をする時間が生まれるのもメリットです。

また小さい時から親と楽しい活動をすることも大事だと樋口さんはいいます。ゲームに依存しても他の活動の楽しさを覚えていれば、ゲームから離れられるきっかけになるためです。

さらにいま重要視しているのが、子どもたちへネットの利用や依存についての正しい情報を伝える「予防教育」。

「私の仲間が神奈川県のとある中学で1時間予防教育をしたんです。(授業の)1週間前と1か月後にインターネットの利用時間を見たところ、インターネットの時間が長くて(依存のリスクが高い)問題がある子どもたちのネット利用の時間が減り、非常に改善していました。やはり教育というのは確かに有効なんですね」(樋口さん)

現代に暮らす私たちの暮らしと切っても切り離せないインターネット。依存や脳への影響といったリスクに関して正しく知りながら、インターネットを「道具」として有効に活用していく方法を大人も子どもも身につけることが、真に豊かな生活を作る上で欠かせないのではないでしょうか。

この記事はサイエンスZERO 2022年4月10日(日) 放送
「インターネットと脳 見えてきた依存のメカニズム」を基に作成しました。

情報は放送時点でのものです。

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