ネットゲームの過剰利用で脳機能が低下する ~見えてきた依存のメカニズム~

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依存症
ネットゲームを利用しているイメージ写真

およそ30億人いると言われる世界のゲーム人口。2019年、WHO(世界保健機関)はゲームの過剰な利用で日常生活が困難になる「ゲーム依存」(正式な病名はゲーム障害またはゲーム行動症)を依存症のひとつとして認定しました。また脳科学の研究から、ゲームに依存した人の脳では薬物依存と同様の脳の機能変化が起きているという事実も明らかになってきています。
ネットゲーム(オンラインゲーム)に潜む「依存」のリスク、そして依存と診断された場合の治療法について、Eテレ「サイエンスZERO」の内容を記事で詳しくお伝えします。
記事の最後にゲーム依存度のチェックリストへのリンクも掲載しています。

ゲームをしている子供の写真

日常生活に支障をきたす「ゲーム依存」

ゲームに“依存する”というのはどのような状態なのでしょうか。11年前、国内で初めて専門の外来を開設した久里浜医療センター名誉院長の樋口進さんによると、ゲームをする時間や頻度をコントロールできなくなったり学業や仕事に問題が起きているのにもかかわらずゲームを続けたりといった状態が続くと、依存が疑われるといいます。

依存症の患者には健康や家族に関わるさまざまな問題が起きます。典型的な症状として「朝起きられない」「ひきこもる」「食事をせずにゲームをするためやせてくる」などが挙げられます。

久里浜医療センターで治療を受ける2人の患者から直接話を聞くことができました。

久里浜医療センター

ある患者は、大学の課題のプレッシャーから逃れようとゲームにのめり込んだといいます。

「ホントに逃げたい、課題から目をそらしたいという一心ですね。気を紛らわすためにスマホに手を伸ばしていました。基本的に寝たきり生活でご飯を食べる手間すらも面倒くさいという感じで、1日1食くらいになってしまって」(20代男性患者)

また別の患者は、現実の世界では生きている価値を見いだせず、ゲームの世界に救いを求めたといいます。

「(勉強やスポーツが苦手なことを)学校の先生に罵倒されたり、親からはやる気がないと言われて、何をやってもだめなんだっていう気持ちになってしまったのがゲームにハマったきっかけです。ゲームから抜けられなかったのは一緒にやっている仲間がいい人だから」(30代男性患者)

診療を行う久里浜医療センターの樋口進名誉院長

診療を行う久里浜医療センターの樋口進名誉院長

この病院ではネット依存全般を診療していますが、樋口さんによると診療を受ける患者の90%はゲーム、特にインターネット上で他の人と一緒にプレイするネットゲームに依存しているといいます。ネットゲームには「仲間」同士の付き合いがあったり、世界中の参加者のランキングが表示されたりするなどつい繰り返してしまう魅力的な要素があるためではないかと樋口さんは推測しています。
また患者の70%は未成年者で、最近は小学生が入院するなど低年齢化も深刻だと言います。

「脳の前頭前野は自分たちの行動を抑えてくれる“理性の脳”と言われます。子どものうちは前頭前野が未発達で、行動を抑える理性の働きが劣っているので、依存に陥りやすいのです。」(樋口さん)

見えてきた ゲーム依存のメカニズム

日本より早くからゲーム依存が社会問題になった中国では、ネットゲームが脳に与える影響の解明が進められています。復旦大学教授の田梅さんは、20歳から26歳までの26人を対象に、ネットゲーム依存の人とゲームをしない人の脳を調べました。

復旦大学の田梅教授

復旦大学の田梅教授

田さんは、やる気や幸福感をもたらす「ドーパミン」という物質を受け取る「受容体」の活動度に注目。人の体の特定の部位がどれだけ活発に活動しているかを測定できる装置で調査を行いました。するとネットゲーム依存の人の脳では、ゲームをしない人に比べ、ドーパミンの受容体の活動が大幅に低下していることが分かったのです。

黄色で表示されたのがドーパミンの受容体の活動度の差があった部位

ネットゲーム依存の人とゲームをしない人ではドーパミンの受容体の活動度に差が見られた 黄色で表示されたのが活動度の差があった部位
画像提供:復旦大学 田梅教授

ネットゲームに依存した人の脳では、何が起きているのか。田さんはこのようなメカニズムを推測しています。

ネットゲームをすると大量のドーパミンが放出されます。これを受容体が受け取ると幸せな気分を感じる脳の回路が活性化し、ゲームが習慣になっていきます。

しかしゲームを長時間行って脳の中にドーパミンが大量にある状態が続くと、受容体の数が減ったり、感受性が低下したりします。

ゲームを長時間すればするほど、受容体は減少。さらにドーパミンを出し過ぎることにより、生産が追いつかず分泌も減ってきます。最終的にはドーパミンを分泌する能力も受け取る能力も低下してしまい、やる気や幸福感を感じられない状態になってしまうのです。

ゲームを長時間するうちにドーパミンの受容体が減少、分泌も減る

左:幸せな気分を感じる脳の回路が活性化することで、ゲームが習慣になっていく
右:ゲームを長時間するうちにドーパミンの受容体が減少、分泌も減る

「長い間ネットゲームに依存していると、ドーパミン受容体の活性度が下がります。また数も減り、枯渇してしまいます。受容体の数が減ると本来のドーパミンの効果が得られなくなってきます。幸せな気分になるはずが憂うつになり、人間の心にマイナスの働きをするようになるのです。これは覚せい剤などの薬物依存症と同じメカニズムです。」(田さん)

さらに田さんは、ゲーム依存の人では、脳のエネルギーとなるブドウ糖の代謝が低下し、精神を安定させるセロトニンの受容体にも機能の低下が起きていることを発見しました。
ゲーム依存になると、脳の様々な領域に異変が起きることが見えてきたのです。

ゲーム依存からの脱却を目指す「認知行動療法」

久里浜医療センターでゲーム依存患者の多くが受ける治療が、「認知行動療法」です。医師やカウンセラーとの対話を通して、ゲームを続けてしまうことの根底にある考え方の問題を正していこうというものです。たとえば、ゲームのメリット、デメリットを挙げてみたり、ゲームに費やしてきた時間を勉強など他のことに費やしたら将来どんなことができるか、日々のストレスにどう対処したらいいかなどを考えたりすることで、思考の幅を広げ、問題への上手な対処方法を増やすことを目指します。

アルコールや薬物依存の治療が最初から“完全にやめること”を目指すのに対し、ゲーム依存の場合は利用時間を“徐々に減らしていく”という方針で進められるのも治療の特徴です。

「(患者は)子どもたちが多いので『やめる』という選択をさせるのは非常に難しいのです。お父さんの会社に電話をして『返せ、返せ』とやったり、我々が『やめなさい』というふうに言うと『もう病院に行かない』となってしまうんです。ですから当然『やめる』のが目標なんですが、現実的にはまず“減らす”というソフトランディングになります」(樋口さん)

患者の一人は、こうした認知行動療法を通じてネットゲームの時間が減り、患者同士のサークルに参加するまでに症状が改善したと言います。

「ゲームしてない時間はこういうことしてますとか、ゲーム依存を乗り越えて働いていますとか、集まった人たちがいろんな話をしてくれるんですけど、似たような体験をしているのですごく話しやすいんです。友達とまでは言わないけど仲良くしたいなって思える人。理解者がいることはすごく大きいです。」(30代男性患者)


もし家族の中にゲーム依存が疑われる人がいる場合、どうしたらよいのでしょうか。

依存に陥った人は、周りから指摘されてもなかなか認めないものの“自分には問題があるのではないか”と感じていることも少なくないといいます。

「患者さんによくよく聞いてみると、やっぱりまずいなとうすうす認識していることが多いのです。ですから怒っている時ではなく、落ち着いているタイミングで、やっぱり病院で治療を受けようねとお話するといいと思います。一度で本人が受け入れなくても、何回も何回も繰り返して話していくということが大切です」(樋口さん)

この記事はサイエンスZERO 2022年4月10日(日) 放送
「インターネットと脳 見えてきた依存のメカニズム」を基に作成しました。

情報は放送時点でのものです。

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