夫婦げんかが子どもの脳を傷つける原因になるという驚きの研究結果が明らかになりました。福井大学とハーバード大学がアメリカ人を対象に行った調査では、日常的に両親の暴力や暴言に接してきた子どもたちは、脳の視覚野の一部が萎縮していました。記憶力や学習に影響が出る可能性もあるといいます。どんな夫婦げんかが子どもに悪影響を与えるのでしょうか。
激しい夫婦げんかが子どもに与える影響とは
大学生のりょうさん(仮名)は、物心ついたころから10年以上両親のけんかに接してきました。暴言は毎日のように飛び交い、別の部屋にいても大声が響く。父親は、家事や育児などの気に入らない点をあげつらい、母親を厳しく責めていました。母親も応戦し、激しいけんかが日常茶飯事でした。
「めちゃくちゃすごいっすよ。生きた心地しないっすよ、本当に。家帰ってきたら、戦場に一変するみたいな。」(りょうさん:20歳)
その後両親が離婚し、暴言から解放されたかと思いきや、中学校に入るとりょうさんに異変が起こります。感情をコントロールできなくなり、家族や友人に対してキレやすくなったのです。
「『俺をこんなに怒らせるな』みたいなことを言ってきたり、パパがここにいるみたいな。パパの再来みたい。」(りょうさんの母親)
激しい夫婦げんかが子どもにもたらす感情のゆがみ。福井大学などが行った脳科学的な研究によって、そのメカニズムが明らかになりました。日常的に夫婦の暴言に接すると、脳の海馬や扁桃体に異常を来し、怒りや不安を感じやすくなる上、視覚野の一部も萎縮します。記憶力や学習能力が低下してしまうのです。
同大学などがアメリカで行った調査では、言葉の暴力のリスクの大きさも浮き彫りになりました。年齢層と学歴が同じ若者から、夫婦間の身体的暴力を目の当たりにしてきた人と、言葉の暴力に接してきた人を抽出し、それぞれの脳をMRIで調べました。その結果、双方とも脳の視覚野の一部が萎縮していましたが、身体的な暴力を見てきた人の萎縮率が3.2%だったのに対し、言葉の暴力に接してきた人では19.8%と6倍も高かったのです。
ではどの程度、言葉による夫婦げんかに接すると脳に影響が出るのでしょうか。
福井大学の友田明美教授ら(日本発達神経科学会理事)は、独自のチェックリストを作成しました。「叱る」「脅す」「ばかにする」などの行為を、どのくらいの頻度で目にしたのか、15の質問項目を設定。毎月なら4点、毎日なら7点というように、頻度が多いと点数が高くなります。このスコアが40点以上の人で脳の萎縮が確認されたといいます。本人の了解を得て友田教授のアンケート調査に回答してもらったところ、りょうさんのスコアは72点でした。
友田教授によると
「りょうさんの脳の画像を見たわけではないし、直接、診察もしていないのではっきりしたことはいえないが、両親の激しいけんかが、“生きづらさ”の引きがねになっている可能性は大いにある」とのことでした。
夫婦げんかを減らす3つのコツ
夫婦げんかのリスクは暴言や暴力に限りません。言葉を交わさず無視し合う、いわゆる「冷戦」も、子どもに悪影響を及ぼす可能性があるといいます。
夫婦や子どものカウンセリングをしている臨床心理士の信田さよ子さん(日本臨床心理士会理事)は「両親の冷戦状態は、自分のやり方しだいで仲よくなるんじゃないか、自分のせいだ、自分が頑張らないからお父さんとお母さんが仲よくならないんだというような、自責感、自己否定感が強くなったりする」と話します。
では、どうすれば夫婦げんかを減らせるのでしょうか。信田さんがあげるポイントは3つです。
- 主語を「あなた」ではなく「私」にして、相手を批判するのではなく自分の気持ちを説明する。
- 「いつも」や「どうせ」など決めつけでものを言わない。決めつけられたほうは自分がすごく責められている、これ以上何も話したくないという気分になる。
- 居間などで話すとどうしても日常の延長になってしまうため、大事な話は場所を変え、公園やカフェなど、自宅以外の場所で、2人でする。
どこの家庭でもなかなかゼロにはできない夫婦げんかですが、信田さんは、マナーを守りながら、子どものいない場で、しっかり互いの思いをぶつけ合うことが重要だと指摘します。
子どもが傷ついてしまったら… 自己肯定感を高めるケア法
一方、子どもが夫婦げんかで傷ついてしまったらどうケアすればよいのでしょうか。福井大学が研究し、小中学校の授業にも導入されている方法があります。
それは、子どもたちに自分の長所を考えさせて紙に書き「宝物ファイル」を作るというものです。友達や親からも長所を書いてもらい、ファイルにとじていきます。100点のテストや、運動会でもらった賞状も、長所を見つけるための大事な宝物です。このファイルを何度も見直すと、自己肯定感が高まるといいます。
この取り組みは、両親のけんかに悩む子どもたちを数多く救ってきました。そのひとり、岸村香織さんは、小学生のころ夫婦げんかを目の前で頻繁に見ていたといいます。友田教授のアンケート調査のスコアは、50点を超えていました。
香織さんは、次第に両親の前で感情のコントロールがうまくできず、反抗的な態度を取るようになりました。そんな状況を変えたのが、小学5年生のときに作り始めた「宝物ファイル」です。夫婦げんかが絶えず、娘に注意が向かなかった母の真知子さんは、友達が書いてくれたメッセージを読み、娘の長所に初めて気付かされたといいます。
「私の知らないところがいっぱいあって、ドッジボールがうまいって書いてあったり、足が速いって書いてあったり、この子がいちばん育つときに夫婦げんかを見せてきたところが自分の反省。いま改めてつくづく思います。」(母 真知子さん)
その後、真知子さんは娘の長所に目を向けるようになり、香織さんの態度や行動は次第に落ち着いていきました。
「両親にも褒められるようになって、いま自分が子どもを産んで親の立場になって、子どもの良いところを見つけて、少しでも褒めるようになりました。」(岸村香織さん)
この「宝物ファイル」を使ったケアについて、友田教授は、まだ研究段階で断定はできないとしながらも、脳を回復させる可能性が十分あると評価します。海外の研究でも、心の傷を克服するような適切なケアを行うと、大人の脳でも回復するということがわかってきています。
また、臨床心理士の信田さんは「夫婦げんかを子どもの前でしてしまったら、けんかの理由と仲直りしたこと、そしてけんかが子どものせいではないことをしっかり伝えて子どもに安心感を与えることが大事」と、けんか後のケアの重要性をあげます。
夫婦にけんかはつきもの。しかし、いちばん傷つくのは子どもたちです。そのことを心にとめておきましょう。
<暴言チェックリスト>子どもがどれくらい暴言を聞いていたか
子どもが暴言をどれくらいの頻度で聞いていたか。15個の質問に対して、0~7で回答します。
例えば、1の質問が、「毎日」だったら7点。2の質問が、「毎月」だったら4点になります。
15個の質問の合計点が、スコアになります。
【点数表】
- 一度もない:0点
- 2年に1回:1点
- 1年に1回:2点
- 1年に2~3回:3点
- 毎月:4点
- 毎週:5点
- 週に2~3回:6点
- 毎日:7点
質問リスト
※父親(母親)が母親(父親)に対してどうか、下記の質問にお答えください。
- 叱りましたか?
- 大声をあげましたか?
- ののしりましたか?
- 行ったことを責めましたか?
- はずかしめましたか?
- 危害を加えると脅かしましたか?
- 気分を悪くするような悪口を言いましたか?
- ばかで、行動が幼稚だと言いましたか?
- 行わなかった行為について責めましたか?
- 人前でばかにしたり、恥をかかせたりしましたか?
- 批判しましたか?
- 明らかな理由なしにヒステリックにどなりつけましたか?
- 無能で価値のない人間だと言いましたか?
- 無能で価値のない人間だと感じさせるようなことを言いましたか?
- 声を荒げましたか?
*福井大学・ハーバード大学調査より