"発達障害アバター"大集合!

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自宅にいながらにして、ライブを楽しんだり、海外を旅行したり...。VR(バーチャルリアリティ)の技術を活用して、仮想の空間を楽しむためのプラットフォームが日に日に充実してきています。実は、そんなVR技術が、発達障害について悩む人たちに新たな可能性をひらきつつあるのです。今日は、その一端をご紹介します。

スタジオセットのないテレビ番組収録

heartnet_2スタジオ収録 リハーサルの様子

10月下旬、NHKのスタジオで、Eテレの福祉番組「ハートネットTV」の収録が行われました。スタジオをのぞいてみると、いつもの番組の収録とはずいぶん雰囲気が違います。広い空間に、ごちゃごちゃといろいろな機材が置いてあるだけ。いわゆる"スタジオセット"がないのです。
その理由は、収録をバーチャル空間上で行うためでした。スタジオセットがあるのも、バーチャル空間。出演者は、現実の姿ではなく、仮の姿"アバター"として登場します。出演者は、パソコンの前に座って、バーチャル空間に入るための「VRゴーグル」を顔に装着します。両手にコントローラーを持つことで、アバターの移動や体の動きなどを操作することができます。

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VRゴーグルをつけた中野アナウンサー

VRゴーグルを装着した司会の中野アナウンサー、いったいどんな空間が見えているかというと、3DのCGで作られた、いつもの「ハートネットTV」のセット。中野アナウンサーの姿も、CGで作られたアバターです。実際にゴーグルをつけてバーチャル空間に入ると、どんな感じがするのでしょうか。

heartnet_4バーチャル空間に作られた「ハートネットTV」のセット

中野アナウンサー「とても不思議な感じがします。パソコンの画面で見ると平面的ですが、このゴーグルをつけると実際にその空間にいるような、没入感があります。いつものセットと違って、上には空が広がっていたりして、開放感がありますね。自分のアバターがコントローラーで動かせるのは面白いですが、自分がどこにいるのか、どれぐらい動いているのかがつかみにくくて、空間の中を動くのには、慣れるまでちょっと時間がかかりますね。」

VRで広がるコミュニケーションの世界

今回「ハートネットTV」では、発達障害の人たちに、アバターの姿でバーチャル空間に集まってもらい、話を聞くことにしました。なぜそのような試みをすることになったのか。それは、発達障害の人たちの中には、現実の世界では人付き合いが苦手で対人関係を築くことが難しくても、バーチャル空間ではコミュニケーションがとりやすい人がいることが分かってきたためです。

heartnet_5自閉スペクトラム症のすずさん

今回取材を受けてくれたひとり、すずさんは、9年前に「自閉スペクトラム症」のひとつ「高機能自閉症」と診断されました。「自閉スペクトラム症(ASD)」は、発達障害の中でも、特定のものごとに強いこだわりがあったり、対人関係を築くのが苦手だったりといった"特性"があり、日常生活に困難を抱えるというものです。
すずさんは、市役所で20年働いていますが、窓口対応の部署ではお客さんとの会話がうまくできず、異動になりました。今は、大学院で数学を学び数字に強いことを活かして、経理伝票の審査を任されています。すずさんは、相手の話を耳で聞いて、その内容をすぐに理解することが難しいと言います。また、自分が言いたいと思うことを、順序立てて整理するのにも時間がかかります。職場でのコミュニケーションには、メモを活用するなど、様々な工夫をして取り組んでいます。

heartnet_6仮想空間で交流するすずさんと仲間たち

そんなすずさんが楽しみにしているのが、インターネット上の仮想空間「セカンドライフ」を使って、アバターの姿で、同じ発達障害の仲間と交流することです。会話は、パソコンのキーボードで文字を打ってやりとりするチャットで行います。耳から聞いた言葉を理解することが苦手なすずさんにとっては、後から読み返して考えることもできる文字チャットは、コミュニケーションがとりやすいといいます。通常の会話と違って、返事のタイミングが多少ずれても、誰も気にしたりはしません。
すずさんのアバターは「ネコ」の姿。気ままに行動するネコの姿に、自分のことを重ねているといいます。
すずさん「(アバターの姿だと)普段よりは断然楽です。もともと空気を読むのが難しいということもありますし、気ままに動くことが許されるんだったら、それが一番楽です」

バーチャルでも"すみっこ"が好き!?

バーチャル空間上に、発達障害の人たちが集まることのできる居場所を作ろうという動きもあります。現実の世界で当事者たちが集まる会は、全国で少しずつ行われるようになっていますが、そういった場には、人付き合いが苦手でなかなか行けないという声も多いためです。今回、バーチャル空間に当事者が集まれる場を作ろうと計画する自閉スペクトラム症の男性と「ハートネットTV」が協力して、番組の中で「オンライン当事者会」を開催してみることになりました。
たとえバーチャルの空間であっても発達障害の人たちが集まりやすい場にしたいと、当事者の意見を聞きながら、セットのデザインについて話し合いました。

heartnet_7デザイナーとの打合せ

そこでは、多様な意見が出ました。「色のコントラストがあまり強くない方が、視覚的にも、心理的にも楽でいられます。」「図書館的な本と机があって、いすはソファーみたいな感じの空間が落ち着きますね。」「"すみっこ"がたくさんある場所だと落ち着きます」「重めの布団をたたんで挟まる。素敵です...」「シャボン玉の泡に入って、ゆーっくり浮かんでゆーっくり上下するとか夢です。」
現実には作ることができないような空間でも実現できるのが、バーチャル空間のメリットでもあります。でも、「あまり現実離れした空間よりも現実の延長線の方がパニックにならない」というご意見も。いったいどのような場所でどんな当事者会が開かれるのか、ぜひ番組でご覧いただきたいと思います。

顔を出すことはできないけど、伝えたい!

バーチャル空間でのスタジオ収録には、もう一つメリットがあります。様々な理由で顔を出しての出演は難しいけれども、伝えたいことがあるという人たちの声を伝えられることです。
今回、バーチャル空間で収録したことで、発達障害の傾向はあるけれども、発達障害とは診断されていない「グレーゾーン」の人たちの声も聞くことができました。発達障害のひとつひとつの特性には、それが強い人から薄い人までグラデーションがあります。その特性が、診断基準よりも少し手前の人たちを「グレーゾーン」と呼ぶそうです。たとえば、この5項目が当てはまれば診断がおりるという基準の4項目を満たしているという人は、発達障害と診断はされませんが、日常生活での困難はかなりの程度で抱えていたりします。あいまいなだけに、周囲の人から理解されなかったり、偏見にさらされたりする恐れがあり、顔や名前を明かして話をすることが難しい人も多いのです。

heartnet_8アバターで集まったグレーゾーンの人たち

スタジオ収録では、アバターの姿になることで、ふだんは会うことの少ない「グレーゾーン」の人たち同士が、お互いの悩みや気持ちを共有しました。「それぐらい普通だよ、誰しもあることだよ、とか言われて、その特性によってつらいと感じる感情を否定されてしまう」「診断を受けて、発達障害と白黒はっきりわかってしまうのが怖い」グレーゾーンならではの生きづらさや、それにどう対応しているかの工夫など、語り合いは2時間以上に及びました。
参加したグレーゾーンの人の中には、同じ立場の人と話すのは、今回がほとんど初めてだったという人もいました。「言い忘れたと思ったことを、他の人が話してくれた。同じことを考えていたんだと気づいた。」「人それぞれ色んな形で努力していると分かって、頑張っていこうという気持ちになった。」「共感しあえて、そういうことだよねって納得できて、すごくいい時間でした。」バーチャル空間にアバターの姿で集まることで、プライバシーを守りながらも、当事者同士が共感しあえる時間ができたようです。

VRの技術を活用した今回の取り組み。発達障害について悩んできた人たちの、これまでにないコミュニケーションの形が見えてきました。その様子を、下記の番組で詳しくお伝えします。ぜひご覧下さい。

ハートネットTV シリーズ発達障害アバター大集合

第1夜 "自閉スペクトラム症"のひと 集まれ!

11月5日(火)Eテレ 後8:00
(再)12日(火)Eテレ 後1:05

第2夜 "グレーゾーン"のひと 集まれ!

11月6日(水)Eテレ 後8:00
(再)13日(水)Eテレ 後1:05