筆走れ 心のままに ~でこぼこ磨く書道教室~

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障害の有無にかかわらず書を楽しむ

さまざまな障害を抱える人たちの書道作品

さまざまな障害を抱える人たちの書道作品

さまざまな障害を抱える人たちの書道作品

線も、字のかたちも、ことばも、どこか自由で味わい深い書道作品。書いたのは発達障害をはじめ、身体障害、知的障害、聴覚障害など、さまざまな障害を抱える人たちです。どのようにして書が生まれるのか知りたくて、書道教室を訪ねました。

青森県八戸市にある俊文書道会

青森県八戸市にある俊文書道会は、健常者を含む34人の会員が通っているボランティアの書道教室です。「障害の有無にかかわらず書を楽しむ」をモットーに活動を始め、ことしで20年が経ちました。
書道と言えば、きれいな楷書をお手本にならって丁寧に書くという「お習字の時間」のイメージが強い方も多いかもしれません。ここに来ればそのイメージは一変します。激しく身体全体を動かして筆を紙にぶつける会員がいれば、麻痺のある腕でじっくりと筆を動かす会員、しばらく何かを考えてじっとしていながら突然スラスラと筆を走らせる会員まで。書くペースやスタイル、リズムは、みなそれぞれ。ひとつ共通しているのは、夢中になって書いているということです。

書道に夢中になる理由

なぜみんな、夢中になって書いているのでしょう。教室の主宰者である西里俊文さんが指導する様子に、そのヒントがありました。「いいじゃん」、「できるじゃん」、「オッケー」、「100点」、作品を書いたあと、必ずと言っていいほど褒めるのです。一見出来栄えがよくなくとも、いいところを丁寧に探して作品ならではの良さを伝えます。時にはがっちりと握手まで。最後に1つだけ、次の1枚に向けた修正点を伝えます。

教室の主宰者である西里俊文さん

西里さん
「"だめ"とかはなるべく使わない。いいところを褒めます。作品の線であったり、書いている様子であったり、前よりも少しでもいいところがあれば、それを褒めるんです。褒めると心が乗って、また次へ。そしてまた褒めて、相乗効果でいい作品が生まれる感じです」

でこぼこは削らず磨く

でこぼこは削らず磨く

「でこぼこがあると、つい削りたくなるが、削らずに磨きをかけていこう」
西里さんが教室を続ける中で大切にするようになったことばです。
"でこぼこ"、すなわち苦手なことや不得意なこと。それは、不要で、克服すべきものとみなされて、削ってならそうとしてしまいがちです。そうすると、角がなく平らな人にはなるかもしれませんが、同時にその人の持っていた魅力も、小さく、やせ細ってしまうかもしれません。

西里さんは、会員たちの苦手なところを無理に直そうとはせず、それぞれにしか書けない言葉や線を丹念に探し、伸ばしていくことを心がけています。つまり、"でこぼこ"を磨いて光らせようとしているのです。"でこぼこ"は、そのまま並んでいるだけだと、ごつごつとしていて見栄えしないかもしれませんが、磨きのかかった、光る"でこぼこ"が並んでいれば、それは一様に平らであることの何倍も、味わい深く感じられるでしょう。

「こちらの思いが強すぎると失敗する」と言う西里さん。

「こちらの思いが強すぎると失敗する」と言う西里さん。

かつて、書き順にこだわって指導していたときのこと。カードを用意して一画ずつ次の線を示していました。それでも間違った線を書いてしまうと、そのつど中断して西里さんが指導したそうです。しかし、流れを止められた会員たちの書く作品は、面白みがなく、表情からも楽しそうな様子が消えていました。それ以来、西里さんは書き順に重きを置きすぎず、指導するポイントも1つ、多くても2~3に絞り、負担が大きいことは求めないことにしたのです。

教室の主宰者である西里俊文

西里さん
「頑張っても、ちょっと乗り越えられないような部分はあるわけです。そこはときが解決する。やっているうちに乗り越える場合もあるので、いろんなハンディがあるんだけれども、それがあることでしか出せない深さというか、線が出るのではないか。その会員さんの持っている雰囲気の字をいかに引き出すか。常に頭をフル回転させています」

書き続けることで芽生えた自信

西里さんのもとで書道を続ける中で、自分の気持に変化が芽生えた会員がいます。

書道教室に通い始めて3年になる小野寺美奈代さん

書道教室に通い始めて3年になる小野寺美奈代さん(16)です。小学4年生のころ、広汎性発達障害と診断されました。人混みの中や、音、光などの刺激が苦手なことに加え、"場面緘黙(かんもく)"という症状で家族以外の人前でことばを話すことができません。「書くことによって、少しでも気持ちを伝える喜びを感じてもらいたい」という母親の願いから、西里さんの教室を訪ねました。

作品を書き進める美奈代さん

思いをことばにするのが難しい美奈代さん。しかし、指を使って自分の気持ちを伝えようとするのを、西里さんは見逃しませんでした。好きなお笑い芸人と歌手だったら、どちらを題材にしたいのか、縦書きと横書きどちらがいいか、漢字とひらがなどちらで書きたいか。些細なことも聞いて、作品を書き進めます。
通い始めたころは筆を持って固まってしまっていた美奈代さんですが、半年が過ぎてからゆっくりと書けるようになり、今では教室に行くと言って譲りません。

今年5月に企画した青空書道教室

自然の中で書を楽しもうと、今年5月に西里さんが企画した青空書道教室。人混みの苦手な美奈代さんの姿もありました。他の会員が書く姿に触発されたのか、美奈代さんもスイスイと筆を進めていました。そして、この日撮影された写真の中に、西里さんを驚かせた1枚があったのです。それは美奈代さんが自分の作品を持って立っている姿でした。

美奈代さんが自分の作品を持って立っている姿

写真を撮るときは、いつもうつむいてしまっていた美奈代さん。どれだけ「顔上げて」という声をかけても、目線は下を向いていたと言います。しかし、この日撮った写真の中の美奈代さんの眼差しは、照れくさそうにカメラを向いていました。そこには、美奈代さんが書道を通じて育んだ自信が写っているように感じられました。

取材を通して

取材を通じて終始印象的だったのが西里さんの楽しそうな姿です。どうやったら見る人が驚く作品を作ることができるのか、常に企んでいる西里さん。会員それぞれの障害を配慮しながらも、障害を理由に諦めたり、遠慮したり、悲観的になったりすることはありません。自分がとことん楽しむことが、会員の楽しいにつながる、という信念を徹底し、書道を教え続けています。

障害がある人を前に、私たちは「できないこと」をついつい思い浮かべがちです。しかし、「障害がある=できないことがある」と考えることで、無意識に心の中で壁を作り、立ち止まってしまったことはないでしょうか。逆に、ともに楽しもう、夢中になろうとする中で、心の中にある"障害"の壁は、限りなく低いものにできるのではないでしょうか。