石けん作りが教えてくれる"働くことの意味"

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発達障害×働く

発達障害のある人たちが働いている会社というと、どんな仕事を想像しますか?

「複雑で難しい仕事は覚えられず、簡単な作業しかできないのではないか」
「単純作業だけを延々と続けている」

そんな声が聞こえてきそうです。
神奈川県小田原市にある石けん工場。カラフルなフルーツや可愛らしい花を模したフォトジェニックな石けんは、1つ1つが丹精込めた手作り。繊細なタッチで施され、決して機械ではマネできない、世界に1つだけの石けんです。
実はこの石けんを作っているのは、全員が発達障害をはじめ、障害のある人たちです。

神奈川県小田原市にある石けん工場

働くことの意味

石けん作りは、石けん液を型に流し込む作業、本物の果物そっくりに加工する作業など、簡単な作業から職人さながらの技術が求められる作業まで様々な行程に分かれています。どの作業を担当するかは、個々の能力に応じて決まっているのですが、この会社には大きな特徴があります。一人の人がずっと同じ作業を続けるわけではなく、次々と新しい仕事に挑戦する機会が用意されているのです。
最初は不安を抱く人もいますが、みんなが任された仕事に責任と誇りを持って取り組み、数日から数ヶ月かけて新しい仕事をマスターしていきます。そんな彼らを取材すると、「なぜ私たちは働くのか?」「何のために働いているのか?」そんな"働く"という普遍的なことが見えてきました。

彼らは「ただ、なんとなく」で働いていません。自分の人生や将来のことを強く意識しています。

「自立は考えています。やっぱりいま、こうやって仕事がもらえるってことは、すごく良いことだし、先にね、お父さんやお母さんがお亡くなりになっちゃう。貯金もたまにやってます」

親がいなくなったときにどうするか?もし突然頼れる人がいなくなったらどうしていくのか?そうなった時のために、今から自分で働いてお金を稼ぐ力を身につけておかなければいけないと考えています。
また、これまで社会で認められることが決して多くない人生を歩んできた彼らは、障害のある人が1つの会社に入社することの厳しい現実や、働いて世の中に認められることの大切さを人一倍知っています。だからこそ一日でも早く覚えたい、一人前になりたいと懸命に働いているのです。

石けん工場で働く障害ある人達

働く我が子の姿に・・・

従業員たちの親は、「我が子が働く」ということをどう捉えているのでしょうか。
ある母親は、かつて自分の子どもに障害があることを知って以来、こんな風に考えるようになっていたと言います。

「学校のテストでは、○が1つでもついてたら、よく頑張ったねって、すごいねって、ほめてほめてきた。努力しなくてもいいよじゃないけど、もうこのままでいいんだよって感じだった」。

ところが、我が子が実際に社会に出て責任を与えられ、懸命に働いて成長する様子や、周りに認められ喜びを感じている姿を目のあたりにし、こう考えるようになりました。

「この子が成長しないって決めつけてたのは親だったなって。伸びしろを摘んでいたのは私だったなって、すごく反省して...」。

かつては、障害を理由に、あまり多くを求めないようにしていたという母親。しかし今は、わが子の力を信じ、日々の成長を楽しみにしています。

「我が子が働く」ことを親はどう捉えているのか

"できない"と決めつけない

2010年にスタートした石けん工場。当初は販路が確保出来ず赤字が続きました。利益が出なければ会社を継続させることも、福祉としての成功も見込めません。諦めるしかないと廃業のピンチに立たされた際、創業者の神原薫会長が踏みとどまったのは、ある従業員の言葉でした。

「他の会社に行ったら1個の仕事だけをずっとやっててって言われるかもしれないけど、ここだったら色々な仕事にチャレンジさせてもらえる」

そう話したのは、発達障害があり、誰よりも覚えることが苦手な女性従業員です。自分の障害を理解している彼女は、常にメモを取る努力をしています。いつでも石けん作りの復習ができるように携帯電話で動画を撮影し、自宅や通勤の車内でも復習を欠かしません。彼女がそこまで努力する理由は、出来なかったことが出来るようになり、新たな仕事を任される喜びをこの石けん工場で知ったからです。
神原会長は、彼らのこうした「うまくなりたい」「任されたい」「自立したい」という前向きな思いを形にするため、"できないと決めつけない姿勢"で、常に向き合っています。
同じ仕事だけではなく、全員が次々と新しいことにチャレンジすること。実はそこにこそ高い生産性があったのです。それがデザイン性溢れる石けんの開発に繋がり、ビジネスとしても成功を収めてきました。

難しい石けん作りにも懸命に取り組む彼らの向上心を目の当たりにしてきた神原会長は、
「一緒に働いてみると、よっぽど彼らのほうが生きることに真剣で、働くことに貪欲で、ひたむき」だと話します。

難しい石けん作りにも懸命に取り組む彼らの向上心を目の当たりにしてきた

番組を企画したきっかけ(取材ディレクターより)

去年、「障害者法定雇用率」という言葉がテレビ・新聞など多くのメディアで報じられました。国の中枢機関である官公庁が障害者の法定雇用率を水増ししていたというものです。当時私も「ニュースウオッチ9」で、このニュースを取材し、本来は管理する側である国の不祥事について伝えました。

一方で報道後もずっと心に"ザラッ"としたものを感じていました。法律を守る守らない以前に、「率」という数字で障害者を扱うことに疑問を持っていたからです。「達成した/達成できなかった」は、雇用する側の目線です。実際に雇用される側、つまり障害者1人1人は、こうした報道をどう見て、何を感じていたのか・・・。単純なインタビューだけではわからない胸の内を知りたいと思いました。

そこで出会ったのが、発達障害をはじめ、障害者のある従業員を大事にし、障害者たちが主役として働いている会社でした。自分の仕事に誇りを持ち、自分で稼いだ給料で自立した生活を目指そうという彼らの真剣な眼差しや心意気、並々ならぬ熱意を目の当たりにした私は、彼らの"いま"を記録し、伝えるべきだと感じ、カメラを回し始めました。法定雇用率は企業に一定の雇用を義務付ける上において、必要な尺度かもしれません。ただ、そもそも法定雇用率を定めている時点で社会的に障害者を区別しているともいえます。取材を通じて感じたことは、「障害者法定雇用率」が無くても、彼らが好きな仕事に就ける、いつまでも働いていける、当たり前に働ける社会になればということです。

好きな仕事に就ける、いつまでも働いていける、当たり前に働ける社会