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【被災地の声】入学に進学 輪島市 2次避難先の親と離れ通学する子も

  • 2024年04月12日

2024年1月1日に発生した、石川県能登半島地震。

輪島市では、校舎や体育館が使えない小学校のうち6校が消防署のホールで合同の入学式を行いました。

なかには2次避難先で暮らす両親と離れ、祖父母が暮らす輪島市内の避難所から小学校に通う子も。

被災地の新学期、子どもたちの声を聞きました。

入学式は消防署のホールで

消防署のホールで行われた合同の入学式は、3校ずつ2回にわけて行われ、このうち、鳳至小学校、大屋小学校、河原田小学校の3校の式には、新1年生合わせて28人が出席しました。

式ではまず、能登半島地震で犠牲になった人に黙とうをささげました。

そして、それぞれの児童の名前が読み上げられると、1人ずつ元気よく返事をしていました。

「たくさんの仲間がいます」

鳳至小学校 山岸多鶴子校長

代表で、鳳至小学校の山岸多鶴子校長があいさつしました。

「地震が起きて、怖い思いや、つらい生活をしている中、いろんな人からの応援や励ましがありました。

こうして入学式ができることを大変うれしく思っています。慣れないことがあるかもしれませんが、たくさんの仲間がいます。楽しく元気に過ごしましょう」

6つの小学校は、1学期のあいだは中学校の空き教室で合同で授業を行い、2学期から、市内の小学校の敷地に建てる仮設の校舎に6校そろって移る予定です。

新入生たちは9日から中学校の校舎に通っています。

市外などで避難を続け、リモートで授業を受ける子もいるということです。

新1年生と保護者たちは

合同入学式の会場には、真新しい制服姿の新1年生たちが、晴れ着姿の保護者などと一緒に姿を見せました。

鳳至小学校に入学する男の子は「勉強を頑張ります」と恥ずかしそうに答えました。

男の子の父親
「小学校に通う6年間で街もがらっと変わると思います。どういうふうに輪島のまちが復興していくのかを子どもの目で見てもらえたらと思います」

同じく鳳至小学校に入学する、市外で避難生活を送っていた女の子は…。

「お母さんと離れてさみしかったです。新しい制服を着ることができてうれしいです。勉強を頑張りたいです」

女の子の母親
「この日を無事に迎えられると当初思っていなかったのでうれしいです。離れて生活していたので、改めて成長したなと感じました」

両親と離れ 学校に通う子も

入学した輪島市の新入生のなかには、市外に2次避難した両親と離れ、輪島の学校に通うことを決めた子どももいます。

谷内涼真くん(6)です。

両親と幼い2人の妹たちと一緒に、ことし1月以降、石川県南部の加賀市の旅館に2次避難しました。

入学する小学校をどうするか悩みましたが、涼真くんの希望もあり、避難先の近くではなく輪島市の小学校への入学を決めました。

しかし、避難先から通学できる距離ではありません。

家族が仮設住宅に入居できるまでは、祖父母と輪島市内の避難所で生活しながら学校に通うということです。

涼真くんに話を聞くと、少し恥ずかしがりながらも「楽しみです。うん」と元気に答えてくれました。
そして「体育や勉強を頑張りたいです」と話してくれました。

父親の勝次さん(45)
「震災直後はここ輪島で入学式を迎えられるとは思っていなかった部分もあったので、みなさんの努力のおかげで地元で入学式を迎えることができて本当にありがたいし、うれしいです。

こんなにかっこよくなって、1年生になったなっていうのを実感しますね。

これからたくさんのお友達をつくって、本当にいつもと変わらない元気いっぱいな姿を見せてほしいです」

母親の香奈子さん

母親の香奈子さん(42)
「オンラインもありますが、1人で授業を受けるとなると、なかなか友達の輪に入っていくのも難しくなるかなと思って、まずはこの子は祖父母と一緒にしばらく避難所から学校に通うことにしました。

なるべく私たちもこっちに戻って来たいんですけど、仮設入居が決まればいちばんいいんですけど、それもいつになるかわからないし。

いろいろと心配は尽きないですが、これから本人の自主性に任せていきたいというのもあるし、お兄ちゃんになっていくのも楽しみではあるので頑張ってもらいたいです」

地元中学校の校舎を間借りして

また輪島市では、校舎や体育館が使えない小学校のうち6校が市の中心部にある輪島中学校の空き教室を間借りして始業式を迎えました。

離れた地域に住む子どもたちのために6台のスクールバスが用意され、輪島中学校には朝7時半すぎから子どもたちを乗せたバスが次々と到着しました。

道路沿いなどに多くのがれきが残る中、慣れない道を保護者と一緒に歩いて登校する姿も見られました。

始業式は午前9時から行われ、各教室に教頭の話がオンラインで配信されたということです。

市教育委員会によると、6つの小学校の授業は学年ごとに2クラスから3クラスにして合同で行われます。

市内の小中学校では、2次避難に伴う転校などで子どもの数が地震の前より4割近く減少していて、教育環境をどのように整備していくかが課題となっています。

「みんなが戻ったら また遊びたい」

輪島を離れる子どもたちもいるなか、市内の河井小学校に通う岡垣良くん(10)は、地震のあとも大きな被害を免れた自宅で過ごしてきました。

学校は2月から近くの高校の校舎で再開されましたが、仲のよかった同級生の多くが金沢市や県外に避難しています。

私たちが1月下旬に取材した際、良くんは「(友達と)会えないとは思わないようにしている。いなくなったら悲しい。またいつか会いたい」と話していました。

4月8日、良くんは、いまもがれきが残る道路を歩いて学校まで登校していました。

始業式では、同じクラスになったほかの小学校の子どもたちと、春休みをどのように過ごしていたかなどを話したということです。

帰り道、良くんは今の思いを話してくれました。

「うーん。会えなくて本当にさびしかったけど、だんだんと帰ってきて戻ってきて、会えるようになってうれしかった。

(今、輪島を離れている友だちも)まだもっと帰ってくるって信じている。また戻ってきて一緒に遊んだりできるようになってほしい」

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