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【被災地の声】輪島市河井町 楠健二さん 妻と娘が倒壊したビルの下敷きに「娘と女房に毎日謝ってる」

  • 2024年02月05日

2024年1月1日に発生した、石川県能登半島地震。

2月1日午後2時の時点で、石川県内で「災害関連死」の疑いを含め、240人の死亡が確認されています。

地震の4日後に20歳の誕生日を迎えるはずだった娘と、妻の2人を亡くした輪島市の楠健二さんの声です。

輪島市河井町ビル倒壊で 妻と娘が

輪島市河井町で居酒屋を営む楠健二さん(55)は、地震が起きた1月1日、店舗を兼ねた3階建ての自宅で家族5人で過ごしていました。

突然の大きな揺れで、隣にある7階建てのビルが倒壊、自宅は巻き込まれる形で下敷きになりました。

楠さんは助かりましたが、妻の由香利さん(48)と長女の珠蘭さん(19)を亡くしました。

珠蘭さんはふだんは神奈川県の看護学校に通っていましたが、正月休みで帰省中でした。

楠健二さん
「もう謝るしかない。娘を助けてあげられなかったし、娘と女房に毎日謝ってる」

楠さんによりますと、珠蘭さんは当初、倒壊した建物の中で話ができていたということです。

楠健二さん

「助けてとは言わなかったんだけど『パパ水ちょうだい』『パパジュースが飲みたい』『パパ、珠蘭平気だよ』って言ってたんだよ。ジュースは無かったから、通行人から水をもらって水だけ飲ましてあげたんだけど」

楠さんは水を飲ませながら助け出そうとしましたが、がれきに挟まれていて助け出すことはできませんでした。

「もうちょっと俺が助け出してあげられるような力があればさ、助けられたものを助けられなかった。謝るしかないんだよ。俺のせいだなと思うよね。だから、それを抱えて生きていくしかない」

思い出の品を捜し続ける

地震のあと、楠さんは県外に避難していましたが、1月27日に輪島市に戻り、2人との思い出の品を捜し続けています。

2月1日も自宅を訪れました。

手向けられた花の前で手を合わせたあと、ビルにつぶされた建物の隙間から中に入りました。

運び出したのは、妻の由香利さんがデザインした居酒屋のユニフォーム、そして、子どもたちの写真が入っている携帯電話です。

「テーブルがあって、その下にホットカーペットがあったんだけど、それがどうしても動かせなくて。ずっと潜ってガチャガチャやってたらコードが見つかったのね。たどったらこれがつながってた。見つかると思わなかったけど、よかったよ」

 

「時間は止まったまま」

これまでに、大切な思い出の品も見つかっています。

地震4日後の1月5日に20歳の誕生日を迎えるはずだった珠蘭さんの、成人式の前撮り写真です。

珠蘭さんが由香利さんと一緒に選び、楠さんが買ってあげた着物を着て写っています。

由香利さんは娘の成長した姿に、涙を流していたということです。

「俺は着物とかセンスないんで、女房と下の娘と上の娘の3人で決めに行ったんですよ。気に入ってましたね。すごく喜んでた」

このほか楠さんがどうしても見つけ出したいのが、珠蘭さんの携帯電話と去年の誕生日に由香利さんからプレゼントされた腕時計です。

地震前、テレビの上に置かれていた腕時計は、入っていた箱だけは見つかりましたが、腕時計そのものはまだ見かっていません。

腕時計は、サプライズで贈られたものだったということです。

「(由香利さんは)家族のために全力を尽くす人だったから。自分のことは二の次で全部やってきたから。だから捜しても女房のものはあんまり出てこない。自分のもの、あんまり持ってないから」

「時間は止まったまんまだよ。2人も一緒に失えばどうしていいかわかんないもんね。きのうが1月1日みたいな気持ちだから。切り替えが全然できない。1日とかきょうは何曜日とか、震災から何か月とか、全然頭にないんだ。ただただ、なくしたものを捜すだけだから」

そして、寒い中で2人の遺品を捜し続けることについては、こう話していました。

「娘が寒い思いして亡くなったから、寒いのは我慢することにしてるんだ」

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