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【被災地の声】輪島市門前町 宮永敬さん「苦しいのはめどが立たないこと」

  • 2024年01月20日

2024年1月1日に発生した、石川県能登半島地震。

疲れが出て体調が悪化する人や、避難生活の中で亡くなる人も相次いでいます。そんな大変な状況の中で取材にこたえてくださった被災者の方たちがいます。

中には、家族を外の地域に「2次避難」させ、みずからは被災地に残っている人もいます。

輪島市門前町道下地区で避難生活を続ける、宮永敬さんの声です。

「飛び上がってひざから地面に」

輪島市の西側の海沿いにある門前町道下地区で避難生活を続ける宮永敬さんは、84歳の母と同居しています。

地震が起きた1日は、金沢市で暮らす子どもたちなど親族8人が集まっていました。

宮永敬さんはだしで外に飛び出したのですが、立っていられないほどの揺れでした。

まるで柔道で足をすくわれた時のように、飛び上がってひざ付近から地面に落ちました。

家の中に長女が取り残されていたのですが、なんとか家から引きずり出して8人全員無事でした。

その時、「大津波警報」が出ていました。

揺れが収まるとすぐ高台の避難場所に移動しようとしましたが、母親は柱に頭をぶつけてけがをしていました。

ほかの5人に先に行くように伝えて、弟と2人で母を抱え上げて運ぶことにしました。

この時点で携帯電話はつながらなくなっていました。

その後、避難所になっている諸岡公民館での避難生活が始まりました。

避難所の諸岡公民館 16日の給水の様子

隣接する公民館、集会所、保育所の3つの建物にあわせて400人を超える人が集まっていました。

「正月で帰省している人も多かったので、いつもより人がたくさんいました。食事を用意するために倒壊していない家の人が家に行ってみそなどの調味料を集めたり、野菜を畑から採ってきたりして鍋でみそ汁を作っていました」(宮永さん)

家族を送るため車で金沢へ、大阪へ

1月3日まで避難生活を送ったあと、宮永さんは車で金沢市を目指しました。

仕事や通学のために金沢市内で暮らす2人の娘と妻を、金沢市の自宅に送るためです。

道路は各地で通行止めとなり、海沿いをう回しながら進みました。

それでも金沢方面へ向かう道は渋滞していなかったため、行きは3時間あまりで着くことができました。

輪島に戻ってきて、今度は母親に大阪にある親戚の家へ避難してもらうことになりました。

先の見通しが立たないため、一時的に輪島を離れてもらうことにしたのです。

大阪まで車で送り届けて14日に1人で輪島に戻り、再び避難生活を始めました。

先行きは見通せないものの職場も輪島にあり、自宅の片づけや避難所の支援をしながら過ごすことになりました。

変わり果てた景色

一方で、多くの家が倒壊し、住み慣れた地域は変わり果てていました。

「町を回ってみると、だいたい7割から8割の家が見るからに『もう住むのは無理だろう』というような壊れ方をしていました。17年前の地震で建て替えた家は残っていますが、建て替えなかった家はほぼ壊れていました。道も崩落してしまっているところが多いです」(宮永さん)

宮永さんや地域の人たちが慣れ親しんだ漁港周辺も、まったく様子が変わっていました。

地元の漁港周辺では地盤がおよそ4メートル隆起し、一帯の海底が露出していました。

隆起した黒島漁港

黒島漁港のあたりは“ちっこ”と呼ばれていて、防波堤があって小さな漁船が出入りするところでした。ところが、これまで海岸線だったところがすべて砂浜になってしまっていたんです。この光景には驚きました。『もう漁港として使うのはムリだろう』と言う人たちもいます」(宮永さん)

 

地震前の衛星写真

 

地震後に撮影された衛星写真

苦しいのは「めどが立たないこと」

今、避難所では事務作業やトイレ周りの片づけなどを担っているほか、自宅再建のための手続きなどを進めています。

また宮永さんは輪島高校定時制の教諭ですが、職場の高校も避難所となっているため、学校再開のめどは立っていません。

宮永さんの自宅の様子

「避難所は電気が通るようになりましたが、下水を含む水道はまだです。自宅は電気も水もまだダメ。そういう家ばかりです。気がかりは、今後のめどが立たないことです。例えば電柱が根元から倒れているところが多く、電気の復旧には当分時間がかかるのではないかと言われています。下水道が通るようになるのも最低3か月くらいはかかるとか。いつごろになったら不便なく過ごせるようになるのか、見通しが立たないんです。今、避難している人もそういった思いの人が多いと思います」(宮永さん)

高齢者が多い避難所の人たちのことも心配だといいます。

新型コロナに感染する人も出ていますが、病院で受け入れることができず、避難所と自宅で隔離するなどの対応を迫られているということです。

「水道が直らないので衛生状態がよくないし、よくなる状況にないです。医療関係者は巡回してくれていますが、なにせ高齢者が多い地区なので、体調が悪い人は増えているような状態です。そろそろ職場にも顔を出そうと思っているのですが、道がどうなっているやら。ふだんは30分で着きますが、数時間かかるのではないかと覚悟しています」(宮永さん)

「輪島に行きたい 復活させたい」

こうした宮永さん家族の避難状況は、3日まで道下地区で避難していた高校2年生の三女がNHKの「ニュースポスト」に投稿して知らせてくれたものでした。

今、金沢市内で母と姉と一緒に生活している三女は、次のように話しています。

「金沢の家では電気もつくし、水道も通るし、同じ県でも『別世界』です。家のテレビで輪島朝市の焼け野原のような姿を見たときは、何もことばが出ませんでした。輪島には幼なじみや友達がたくさん残っています。先週も連絡を取りましたが『まだシャワーも浴びれていない』と言っていました。今すぐにでも輪島に手伝いに行きたいです。私は輪島で育ったので、絶対に復興させたいし、町を復活させたいと思っています」(宮永さんの三女)

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