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INTERVIEW 2022.10.30

巴御前役・秋元才加さんインタビュー

~生きることは、絶えず変化していくこと~

木曽義仲といたころと、和田義盛といる巴では、どのような変化があったと感じていますか。

義仲様と義盛殿とでは、いただいた愛情が少し違うなと感じています。木曽にいたときは毎日が生きるか死ぬかという状況で、常に気を張って過ごしていました。そしていくさの中で、「やっぱり自分は女なんだな」と思い知らされることも多かったんですよね。義仲様と別れるときも、「女だから生き延びろ」と言われて、もちろんそれは義仲様の愛情だったのですが、悔しい思いもありました。でも義盛殿に出会ったら、存在そのものを大きく認めてくれる無償の愛を感じて、女性として生きることの喜びを受け止められるようになったんです。すごく不思議なのですが、同じ人生なのに生き直している感覚というか、2人分の人生を生きているような、そんな感じがしたんですよね。そして、「昔と今、どちらのが強かったんだろう」と考えたりして。義盛殿と一緒にいて幸せだし、“変化する強さ”を身に付けてはいるけれども、幸せなぶん、戦闘能力は下がってるんじゃないかなって(笑)。昔のだったら、きっとそういう愛情を感じても強くいられたと思うんですけど、いまはちょっと戦場に出るのが不安になりました(笑)。

そもそも和田義盛は戦っていた相手でしたが、彼のもとにいく決断をし、共に過ごす中で、どのような魅力を感じたのでしょうか。

やっぱり、「戦で死ねれば本望です」と言ってはいたものの、心のどこかでは「生きたい」とも思っていたのではないかと。そしては、木曽勢の生きざまを生き字引になって伝えるという使命も感じていたのかもしれません。あとは義盛殿と一緒にいる中で、「この人、本当に私のことを愛してくれているんだ」と思う瞬間がたくさんあって、「義仲様のことを引きずりすぎず、義盛殿と過ごすのもいいのかも」と思えたのかなと思っています。たとえ「本当にこれでいいのかな…」とが戸惑っていても、義盛殿はいつもおおらかに「大丈夫、大丈夫」と言ってくれるし、愛してくださる。敵同士だったことを思えば、あんなに気の張ったの心を開かせた義盛殿って、相当タフだと思うんですよね。でも、あの優しさと器の大きさで「この人になら身を預けても大丈夫だ」とは思えたのかなと。

義盛殿って、私がいないところでも「が嫌がる」とか、セリフの端々で気にしてくれていたし、立ててくれていて、本当にすごくいい旦那さんだなと思います。そして、私が今回のになれたのは、横田(栄司)さんがすてきな義盛像をつくりあげてくださったからだと感じています。横田さんご本人もとてもおおらかで優しい方ですし、スタジオでの撮影が最後の日、大きな体を小さく丸めてしょんぼりしているのがかわいくて(笑)、義盛殿そのものだなと感じました。

和田合戦が本格的に描かれる、第41回の台本を読んだ感想はいかがでしたか。

切なかったです、とても。今まで義盛殿とは朗らかで穏やかなシーンが多かったので、そのぶんのギャップがすごいなと。しかも戦になってもベタベタする感じではなく、義盛殿らしく豪快な感じで亡くなっていくのがより切なくて。だからこそ、義盛殿の最後のシーンもなるべく湿っぽくはしたくないと思いました。すごく仲のいい友達とか家族とかって、窮地に立たされたときもあえて普通の話をしたりするじゃないですか。そういう雰囲気が2人の関係性の中でも出せたらいいなと思ったんです。
台本を読みながら、戦に行く義盛殿を見送るの感情を考えていたのですが、号泣している感じはしなくて、どちらかというとまだ、「いざとなったら私が戦に出てやる」というプライドはずっと持っていたような気がしました。義盛殿は「待っててくれ」と言ってくれるし、「お前がいないと困っちまうよぉ」って、あえて下から手を差し伸べてくれる優しさをすごく感じて。「彼がいてほしいと言うなら、私はここにいなくては」って、一瞬は思ったんですけどね…(笑)。

戦いに出る義盛の背中を見つめながら、どのようなことを思っていたのですか。

義盛殿の後ろ姿に、義仲様の背中が重なるなぁと。「この背中、前にも見た気がする」と思いました。でもあのころからまた年齡も重ねていろんな経験もしたので、悲しいとかさみしいとかではない、変な感情。どこか現実味がないといいますか、ちょっと客観的に「私は今何を見ているんだろう」という感じといいますか。最後まで、「この人はちゃんと生きて帰ってくる」と信じたい自分と、「死んでしまうのではないか」と思っている自分がいましたね。

巴も三浦義村たちに「和田を裏切らない」という起請文を書かせるなど奮闘しますが、彼らのことはどこまで信じていたと思いますか。

はたぶん、木曽勢にいたときから戦術の能力は高かったんじゃないかなと思うんですよね。それで思い返してみたら、第13回で小栗(旬)さん演じる北条義時と(山本)耕史さん演じる三浦義村に会うシーンがあって、その時点で「コイツら怪しい」と思っていた気がするんですよ(笑)。だからいろんな話を聞く中で、「いつか和田の家も巻き込まれるんじゃないか」と危惧していたのではないかと思います。義盛殿はパワフルな人だと思うのですが、ちょっと抜けているところもあるので、じつは裏でが、何かあるんじゃないかと義盛殿に伝えていたんだと思うんですよね。私の想像ですけど、そういう意味でもお互いの凸凹な部分を2人は補い合っていたのかなと感じています。

そして起請文に関しては、本当に寝返られたら困るので、相手の選択肢を追い詰めるための策なのかなと。きっと裏で義盛殿の息子さんたちとも、「あの人のいいところもわかっているけど、こういうところは危ないよね」というのを共有したうえでの行動だったと思います。まぁその起請文も、「吐き出したらOK」というよくわからない理論で、反故ほごにされてしまったんですけれど(笑)。

そして朝比奈義秀から戦場報告を聞いて巴も飛び出していきますが、どのような覚悟をしていたのでしょうか。

やっぱり心は武士だったのかなと。「鎌倉殿の13人」ではさまざまな女性陣のプライドも描かれていますが、戦に出ることがのプライドだったのだと思います。義仲様のときにはかなわなかったけど、義盛殿のときは戦であだを討とうと思ったといいますか、家で彼をしのんで生活する女性ではなかったんだろうなと感じています。
はさまざまな人たちと触れ合う中で、しなやかに強くなっていったし、小さなことでも笑え、優しくなれました。変化したの姿を見ていただきたいと思っています。退場シーンも三谷さんがとてもカッコよく書いてくださったので、責任も感じつつ、本当にありがたいです。が本当にあんなに馬に乗ってバタバタ敵を倒して戦っていたのだとすれば、ものすごいことだなと身にしみて感じています。

改めて、「鎌倉殿の13人」で描かれた巴御前はどのような人物だったと感じますか。

どのキャラクターも、立場や役割が変わってくるにつれて変化してきていると思いますが、中でもはそれがわかりやすい人物だったのではないでしょうか。もちろん芯には変わらない強さもありながら、変わっていくしなやかさと強さがあった人だったと感じています。義仲様から義盛殿に心変わりしたのではなく、共に生きていくことを受け止めるのも強さだと思うし、“生きることは、絶えず変化していくこと”だと、戸惑いながらも感じていたような気がします。今回のはそんなに華美な衣装やメイクではなかったのですが、見てくださる皆さまが「かっこいい」と言ってくださったのは、そういう生きざまが魅力的だったのかなと思いますし、まっすぐで心がキレイな木曽勢の人間としての美しさを、も多少は担っていたのではないかと思っています。とても恐れ多いですが、そういう内面の美しさが見ている方に伝わっていたらいいなと思いますね。きっと義盛殿も、ビジュアルだけでなく心の中を見てくださる方だったからこそ、2人はすごく通じあえたのかなとも思うので。

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