INTERVIEW 2022.07.24
梶原景時役・中村獅童さんインタビュー

「鎌倉殿の13人」における梶原景時はどのような人物だと思われましたか。

神仏を信じて、己の道を貫き通した人ですよね。時にそれが悪に見えてしまうのかもしれないけれど、自分の生き方を根底でしっかり持っていた人なのかなと。どうやら思っている以上に皆さんは僕の人相が悪いと思っているみたいで(笑)、「眉毛をそってえらい」なんてお声もありましたが、僕、本当に眉毛が薄いんですよ。描いてないだけなの。だから感情の起伏はあまり表に出さないように、腹の底でいろんなことを思っているという重みみたいなものを出せればいいなと思いながら演じていました。
いろいろと文献を読んでいたら、あの殺伐とした時代に和歌をたしなんでいた人でもあったみたいなんですよね。きっと行き詰まったりしたときに自分の心をクールダウンさせるためだと思うんですが、そういう景時の品格や教養が黙っていても薫るようにというのは、僕の中で大事にしていたことではありました。
親としての景時の顔が少しのぞく場面もありましたが、息子・景季はどのような存在でしたか。
今でいう“親子関係”みたいなものはあまり意識していなかったです。例えば第15回で上総介を誅殺したときに、僕に刀を渡してくれたのが息子なんですよ。つまり、念入りに打ち合わせをして、「こうしたら渡せ」って言いつけているわけですよね。現代も家族によって親子の関係性は違うと思いますが、梶原家は北条家のようにほのぼのした雰囲気はなくて、どちらかというと常に殺伐とした感じだったんじゃないかなと思います。わかりやすく言うと、“師匠”と“弟子”っていう感じかな。傍から見たら「あのお父さん、息子に冷たいよね」って言われるのかもしれないけど、景時は確実に息子のことは信頼しているし、2人にしかわからない阿吽の呼吸があるわけですよ。まぁでもかなり厳しく教育している感じはしたので、息子からしたら怖かったと思いますよ、お父さんのことは。

源頼朝の跡を継いだ頼家のことはどう思っていたのでしょうか。
最終的には66人にも及ぶ訴状が頼家に提出されて御沙汰が出ましたが、景時は無言でした。どのような心境でしたか。

いろんな感情があったでしょうね。諦めもあるし、こみ上げてくる怒りもあるし、自分の思いが通じなかったことに対して「己の生き方が間違っていたのかもしれない」という虚しさもあったし…。それを自分の中でいろいろと言い聞かせる、言葉にはできない思いという感じですね。やっぱり頭のいい人だからみんなに憎まれていることはわかっていただろうし、ある程度ああなることも予測していたと思うんです。だから、「いつ死んでも構わない」くらいに腹をくくっている部分もあったんじゃないかなと解釈しています。
改めて、梶原景時とはどのような役でしたか。
すてきなセリフが多いので大切にやらせていただくことを心がけていましたし、三谷さんがまた新たな中村獅童の一面を引き出してくださったのかなと思います。「新選組!」(2004年)に出演させていただいたときは架空の人物で、わりと三枚目の役だったんですけど、今回はまた真逆の役なので、それは役者として本当にやりがいがありました。役者冥利に尽きますし、本当に楽しかったです。
