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INTERVIEW 2022.07.15

脚本・三谷幸喜さんインタビュー

~ひとりひとりの人生を、共につくりあげる~

いよいよ物語も折り返し地点を迎えましたが、まずは今回、三谷さんが描きたかった“源頼朝の死”についてお聞かせください。

頼朝の死にはいろいろな説がありますが、脚本家として、これだけ長い時間、頼朝に寄り添ってきた僕としては、彼なりのつらさや孤独を十分感じてここまできました。だから、最期はちゃんと死なせてあげたかった。暗殺説もありますが、誰かに殺されるとすると、そこに殺す側のドラマも生まれてくる。そうではなく、あくまでも頼朝の人生のドラマとしてちゃんと完結させてあげたかったんです。それで最期は静かに死なせてあげることにしました。「一体彼の人生とは何だったんだろう」、「彼ほど寂しい男はいなかったんじゃないか」と考え、彼の最期の一日を丁寧に描くことで、その答えが浮かび上がってくるように心がけたつもりです。特にドラマチックな一日ではありませんが、とても厳かで静かなイメージで、視聴者の皆さんにもご満足いただけると確信していました。もちろん演出の吉田さん、演じる大泉洋さんあってこそなんですが。

大泉洋さんもすごくそれをくみ取って一生懸命演じてくれて、とのやりとりでは「自然に涙があふれた」と聞きました。実を言うと、僕もあそこまで頼朝が泣くとは思っていなかったんですが、これまで演じてきた積み重ねの涙だったのではないかなと思っています。

頼朝に死が迫る第25回の中で「想像を超えてきたな」と思ったシーンはほかにありましたか。

今から43年前の大河ドラマ「草燃える」を僕は高校生のときに見て感銘を受けたのですが、頼朝が馬から落ちた回を見て、「僕ならこういうふうにするな」とそのときに思ったことをよく覚えているんです。もちろん当時は脚本なんか書いたこともなかったですし、まさか将来自分が脚本家になるなんて思ってもいなかったのに、です。でも、ずっとあのドラマにハマって、それぞれの登場人物にすごく感情移入して見ていたので、頼朝が倒れた瞬間に「ほかの人たちは何をしていたんだろう」「何を思っていたんだろう」とすごく気になっていました。あれから40年以上、頼朝が落馬したときの、ほかの人たちの生活を見てみたいという思いがずっとあったので、ようやく今回それが実現しました。
僕の中では、パッパッと一瞬一瞬でいろんな人の顔が浮かぶようなイメージでしたが、演出の吉田さんが、ひとりひとりの生活をじっくり時間をかけて描いてくださいました。「僕が40年前に見たかったシーンはこれなんだ」とすごく感じて、吉田さんにはとても感謝しています。

今回描かれた源頼朝という人物の魅力はどのようなところに感じていますか。

今回は主人公ではありませんが、ドラマのメインの登場人物の一人として頼朝を描けるうれしさはすごく感じています。頼朝ほどドラマチックな人生を送った人物はそういないと思うし、彼は決して聖人君子ではなく、女好きだったことも含めてマイナス面をいっぱい抱えた人物でもある。ある意味、僕以外の誰が書いても魅力的な人間に描ける気はするんですよね。それくらい、人物としておもしろい人だなと思っていました。

そして、もちろん大泉洋という俳優が演じることで結果的にああいう頼朝ができあがったというのがすべてです。大泉洋という俳優の魅力、力量を僕はよく知っています。今回、「僕が望んでいる頼朝像をきちんと、いやそれ以上に演じてくれるだろう」と信頼していました。この役を演じきれるのは多分彼だけ。孤独な部分を含めて、一人の権力者としての誇り、自信、不安をここまで演じられる俳優は、ほかにいないですね。
放送が進むうちに、なんだか相当日本中の皆さんに嫌われているらしいとウワサを耳にしたので、「日本中で嫌われても、僕は君のことが好きだよ」って連絡したんです。そうしたら、「全部お前のせいだ」と返ってきました。

頼朝死後の政子の変化や見どころを教えてください。

僕は北条政子という人物が“悪女”として名前が知れ渡っているのが不思議でしょうがなくて。非道なことをいろいろしているならそう評価されてもいいと思うのだけど、政子は“悪女”とまで言われるようなことはしていない気がするんですよ。実際に物語の登場人物として描いていても、彼女はそれぞれの局面で、妻として母として当然やるべきことをしているだけなのに、事態はどんどん悪くなっていく。むしろ“悲劇のヒロイン”のような気がするんです。おそらく今後もそういうことが続いていくと思うし、小池栄子さんもそのつもりで演じていかれると思うのですが、決して“悪女”ではない、とても真摯しんしな一人の女性だと思って書いています。そんな政子の生涯を描けることに、すごく喜びを感じています。

以前より「『吾妻鏡』を原作だと思って執筆している」とコメントされていて、書かれていないことはドラマチックに膨らませて描いていると思いますが、これまでの中で手応えを感じているシーンがあれば教えてください。

『吾妻鏡』には、「きょう御家人の誰と誰がケンカした」など、日常のとても細かい出来事まで記載されているんです。「原作だと思っている」と言ったのは、『吾妻鏡』をそのままドラマにしているという意味合いではなく、「『吾妻鏡』をいつも手元において、資料として読んでいます」というニュアンスです。だからもしかしたら、『吾妻鏡』に書かれていないことのほうがドラマの中には多く描かれているかもしれないですし、むしろもっと『吾妻鏡』に寄せて、本当に“鎌倉クロニクル”みたいな感じで「この日何があった」ということを淡々と描くだけでも十分おもしろいかもしれません。でも、「鎌倉殿の13人」はそういう感じではありません。

自分なりに手応えを感じているシーンは、義経の最期です。あの場面は書いていておもしろかったですね。あの役は菅田将暉さんありきの義経像で、僕としては、あの義経が自ら命をたつ瞬間は見たくなかったし、その先は視聴者の皆さんに想像いただきたいと思ったんです。そして、できれば最後のシーンは義経には笑っていてほしかった。あれが僕がイメージしている義経の、これ以上ない最高の幕の引き方だったんじゃないかなって思っています。

初回から本日まで、多くの出会いや別れなどによって成長・変化する義時の姿をどのように捉えて台本を執筆されていますか。

これは大河ドラマを書かせていただくたびに思うことですが、主人公やその周辺の人物、特に1年間ずっと登場してくる人物に関しては、実はあまり長期展望みたいなものはつくっていないんです。義経のように登場が限定されている人物は、登場から去っていくまですべてプランは考えていましたが、義時政子たちは、先読みはせず、その時々で彼らが何を考え、どう対応していくのかを常に考えながら書いています。そうじゃないと、彼らの人生を逆算して描くことになる気がして嫌なんですよね。だから義時に関しても、決して最初からダークサイドに落とそうと決めて書いているわけではなくて、徐々に僕の中で人生を歩む義時がそういう方向に行ってしまっているというか、すごく不思議な感覚ですが、そんなイメージです。極端な話、今放送の段階で義時がホワイトとブラックの間のどの辺にいるのかは僕にもわからないし、このあとどうなっていくのかもわかりません。それは、僕が書いている義時と、僕自身と、演じる小栗旬さんとで見つけていくという感じです。

現段階で、「思いがけない成長をしたな」と感じている登場人物はいますか。

自分の意図を超えて成長したのは、まず善児ですよね。注目されるのは、ある程度、計算のうちだったんですが、こんなに皆さんに愛されて…はいないのかな(笑)、嫌われているかもしれないけど、すごく皆さんの心に残るキャラクターに成長して驚いています。それはもちろん演じる梶原善さんと演出の力だと思います。

あとは実衣ですね。彼女は最初、政子の話し相手としてチャチャを入れるだけのキャラクターでしたが、いろんな資料を読んで書き進めていくうちに、そして宮澤エマさんが演じている姿を見るうちに、「それだけではもったいない!」「彼女はもっと成長していくべき人だし、そんな姿を見てみたい!」と思ったんです。頼朝の死によって少しずつ権力欲を持ち始める実衣の姿が出始めましたが、当初はこんな想定していなかったので、すごく意外だし、おもしろくなっているなと思います。彼女の本番は、これからです。

改めて、鎌倉時代を生きる北条義時を主人公とした大河ドラマを描くおもしろさはどのようなところに感じていますか。

書いてみて思ったのは、やっぱり戦国とか幕末とはまったく違う世界なんだなってことですね。一番大きいのは、鎌倉時代の人たちは神様を身近に感じていて、神頼みや予言、呪いや夢のお告げに縛られていたということ。そういう部分で書いていてとてもおもしろいというか、ある意味なんでもありで、その分人間の本質の部分をストレートに表現できるような気がするんです。ひとつのお告げが先々の新たな悲劇を生んだりするので、物語としてすごく豊かな可能性を感じています。
そして主人公の義時は、もっともドライで現実的な人物なのかなという気がしていて、「何でもありですごく混沌とした世の中に、1人だけリアリストがいた」という、そんな印象です。だからやっぱり、義時を主人公としたのは正解だったなと思います。

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