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「鎌倉殿の13人」の時代をたどる

  • 4月、源頼家への取次ぎを北条時政ら宿老13人に限定。

  • 正治2年(1200)

  • 1月、梶原景時が一族とともに滅亡(梶原景時の変)。

  • 10月、源頼家、左衛門督任官。

  • この年、源頼家の室・賀茂重長の娘(つつじ)、公暁を出産。

  • 正治3年/建仁元年(1201)

  • 建仁2年(1202)

  • 7月、源頼家が従二位・征夷大将軍叙任。

  • 建仁3年(1203)

  • 6月、阿野全成、謀反のとがで誅殺される。

  • 7月、源頼家、発病。

  • 9月、北条時政の謀略により、比企能員が一族とともに滅亡(比企能員の乱)。

  • 鎌倉殿を継承した源実朝、従五位下・征夷大将軍叙任。

  • 源頼家伊豆修善寺に下向。

  • 10月、源実朝、北条時政邸で元服。政所始。

  • 北条時政が初代執権(政所別当)に就任する。

  • 11月、北条義時、一幡を誅殺。

  • 運慶、快慶らの慶派仏師が東大寺の金剛力士像を完成。

  • 建仁4年/元久元年(1204)

  • 7月、源頼家が幽閉先の伊豆修善寺で暗殺される。

  • 11月、北条時政牧の方(りく)の愛息・政範、京都で死去。

  • 12月、坊門信清の娘、源実朝御台所として鎌倉到着。

  • 元久2年(1205)

  • 3月、『新古今和歌集』奏覧、竟宴。

  • 6月、北条時政の謀略により、畠山重忠が一族とともに滅亡(畠山重忠の乱)。

  • 閏7月、北条政子北条義時の謀略により、北条時政牧の方(りく)らが追放される(牧の方事件)。

  • 北条義時が2代執権に就任する。

  • 北条義時の謀略により、北条時政牧の方(りく)の娘婿・平賀朝雅が誅殺。

  • 12月、公暁、鶴岡八幡宮二代目別当・尊暁に入室。

  • 元久3年/建永元年(1206)

  • 6月、公暁、北条政子邸で着袴の儀。

  • 10月、公暁、源実朝の猶子となる。

  • 明恵が高山寺を創建。

  • 建永2年/承元元年(1207)

  • 朝廷が専修念仏を禁じ、法然・親鸞らを配流。

  • 承元2年(1208)

  • 承元3年(1209)

  • 9月、源実朝、従三位。将軍家政所を開設。

  • 11月、源実朝、北条義時の郎党を侍に準ずることを拒否。

  • 承元4年(1210)

  • 11月、土御門天皇が順徳天皇に譲位。

  • 承元5年/建暦元年(1211)

  • 建暦2年(1212)

  • この年、幕府、閑院内裏造営に協力。

  • 鴨長明が随筆『方丈記』を著す。

  • 建暦3年/建保元年(1213)

  • 2月、泉親平の乱。

  • 3月、北条義時に恥辱を受けて、和田義盛が御所への出仕を取りやめ。

  • 5月、和田義盛が一族とともに挙兵、討死する(和田義盛の乱)。

  • 北条義時政所別当侍所別当を兼帯。

  • この年の後半、源実朝『金槐和歌集』を自撰・編集。

  • 建保2年(1214)

  • 建保3年(1215)

  • 建保4年(1216)

  • 6月、源実朝、権中納言。

  • 11月、源実朝、権中納言の直衣始。翌日、源実朝、唐船の建造を命令。

  • 建保5年(1217)

  • 4月、唐船の入水失敗。

  • 6月、公暁、鎌倉下着。

  • 10月、公暁、鶴岡八幡宮四代目別当に就任。その後、参籠。

  • 建保6年(1218)

  • 1月、源実朝、権大納言。

  • 2月、北条政子北条時房、上洛。

  • 3月、源実朝、左近衛大将・左馬寮御監。

  • 6月、源実朝、左大将拝賀の儀。

  • 10月、源実朝、内大臣。

  • 12月、源実朝、右大臣。

  • 建保7年/承久元年(1219)

  • 1月、右大臣拝賀の場で、源実朝が公暁に暗殺される。源氏正統は断絶。

  • 公暁、誅殺。

  • 2月、阿野全成の子・時元が謀反を企てるも、北条義時らがこれを鎮圧。

  • 7月、源頼茂により大内裏消失。三寅、将軍予定者として鎌倉下着。

  • 10月、後鳥羽上皇、大内裏再建を開始。

  • 承久2年(1220)

  • 12月、後鳥羽上皇、大内裏再建を中断。

  • この頃、慈円が『愚管抄』を著す。

  • 承久3年(1221)

  • 1月、後鳥羽上皇、城南寺で笠懸を開催。

  • 2月、後鳥羽上皇、熊野詣。

  • 5月、後鳥羽上皇北条義時追討の院宣・官宣旨発給。承久の乱が勃発。

  • 6月、鎌倉方が後鳥羽上皇方との激戦を制して入京。

  • 7月、後鳥羽上皇が敗北し、隠岐に配流。

  • 順徳天皇が佐渡へ、土御門上皇が土佐へ配流。

  • 幕府は京に六波羅探題を設置する。

  • 承久4年/貞応元年(1222)

  • 貞応2年(1223)

  • 貞応3年/元仁元年(1224)

  • 6月、北条義時、死去。

  • 伊賀氏の変。

  • 北条泰時が3代執権に就任する。

  • 元仁2年/嘉禄元年(1225)

  • 7月、北条政子、死去。

  • 12月、三寅、元服(実名、頼経)。

  • 嘉禄2年(1226)

  • 1月、九条頼経、征夷大将軍。

  • 嘉禄3年/安貞元年(1227)

  • 道元が宋から帰国。曹洞宗を伝える。

  • 安貞2年(1228)

  • 安貞3年/寛喜元年(1229)

  • 寛喜2年(1230)

  • 寛喜3年(1231)

  • 寛喜4年/貞永元年(1232)

  • 北条泰時が「御成敗式目」を制定する。

  • 貞永2年/天福元年(1233)

  • 天福2年/文暦元年(1234)

  • 文暦2年/嘉禎元年(1235)

  • この頃、『小倉百人一首』成立か。

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