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HISTORY 2022.04.10

『吾妻鏡』特別編 ~第14回より~

残念ながら『吾妻鏡』では、寿永2年(1183)の記事は欠落しています。そこで、第14回は特別編として、『玉葉』『百練抄』『平家物語』よりエピソードをご紹介します。

『玉葉』 寿永2年(1183)7月30日条

この日、院御所において会議があり、平家を都から追いやった功績について議論されました。その結果、功の第一は頼朝、第二は義仲、第三は行家となりました。

『百練抄』 寿永2年(1183)10月14日条

東海道東山道諸国の年貢、神社仏寺ならびに王臣家領の荘園は、もとのごとく領主に従えと宣旨が下されました。これは源頼朝が申請したものです。

『玉葉』 寿永2年閏10月29日条

さる27日、興福寺別当・信円という僧が用件のために後白河法皇の院御所に参上しました。しかし、後白河法皇源行家との双六すごろくに熱中していたため相手にされず、翌日改めて参上したそうです。

『平家物語』 巻第八「鼓判官」

都での狼藉ろうぜきを止めるため、後白河法皇の使いとして木曽義仲のもとを訪れた平知康義仲は対面すると、「貴殿が鼓判官というからには、多くの人からたたかれたということか?」とすごんだため、知康はなにも答えられず帰ることとなりました。

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