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HISTORY 2022.03.27

『吾妻鏡』 ~第12回より~

脚本の三谷幸喜さんが「これが原作のつもりで書いている」と話されている『吾妻鏡』。この史書には、治承4年(1180)の「以仁王の乱」をはじまりとする鎌倉幕府の歴史が記されています。第12回で描かれた主なエピソードをご紹介します。

寿永元年(1182)7月12日条

源頼朝の妻・政子が産気づいたため、比企谷殿ひきがやつどの(比企能員の館)に移りました。

寿永元年(1182)8月12日条

政子が男児(のちの源頼家)を出産しました。

寿永元年(1182)8月12日条

政子の出産にあたり、貴人の出産や病気の際に邪気をはらうために蟇目ひきめを射る引目役は、上総広常が務めました。

寿永元年(1182)11月10日条

政子は、父・北条時政の後妻・牧の方(りく)から、夫・源頼朝寵愛ちょうあいするのことを聞かされ、激怒したそうです。

寿永元年(1182)11月10日条

政子牧宗親に命じ、源頼朝愛妾あいしょうの暮らしていた屋敷を破壊しました。

寿永元年(1182)11月12日条

源頼朝の暮らしていた屋敷を破壊した牧宗親を呼び出して詰問。「政子を重んじるのは良いが、命令に従うとしても、なぜ内々に報告してこなかったのか」と逆ギレし、宗親もとどりを切り落としてしまいました。

寿永元年(1182)11月14日条

愛妻・牧の方(りく)の兄である宗親源頼朝が処罰したことを不満に思った北条時政は、鎌倉を去り、所領である伊豆へと帰っていきました。

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