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COLUMN 2022.06.05

教えて! 風俗考証・佐多芳彦さん

~再現! 巻狩り&矢口祝い 前編~

第23回では、富士野で行われた巻狩りを映像化されるんですね。

はい。『吾妻鏡』に記されている建久4年(1193)5月に行われた「巻狩り」と、その中で行われた「矢口祝い(矢開き)」を映像化します。ただ、残念ながら『吾妻鏡』には詳しいことは書かれていないんです。そこで、詳細を伝えているといわれている文献資料『阿蘇下野狩あそしもののかり史料』を参考にして、デザイン・美術・演出スタッフ総出で再現に挑戦しました。みなさんへの、感謝の念に堪えません。

『阿蘇下野狩史料』とは、どのようなものですか?

熊本の阿蘇氏では神事の一つとして「巻狩り」が行われており、これが史料として残されています。鎌倉時代くらいの古い狩猟の方法が、代々伝わっていたんです。

「巻狩り」とは、どのようなものでしょうか?

獲物を狩場に追い込んで取り囲み、狩っていく大規模な狩猟で、1日ではなく数日をかけて行われます。獲物を追い込む場所を狩場というのですが、まず狩りの前日にこの狩場を探します。「だいたいこのくらいの場所を狩場にしょう」と決めて、その場所へ獲物を追い込んでおくんです。そして、翌日から集めた獲物を狩っていきます。

今回は撮影を行ったロケ地に枯れ葉がたくさんあり、火事になる危険性があったので断念したのですが、本来はやぶを刈ってその範囲を細い道で取り囲み、たいまつを持ったり、篝火かがりびをたいたりして獲物が逃げてしまわないように閉じ込めておきます。

前日から準備があるのですね。どのような獲物を追い込むのでしょうか?

イノシシ、シカ、ウサギ、タヌキ、あと、クマなんかも対象になっていたようですね。

クマも対象とは、すごいですね。

クマの場合は、ものすごく命がけだったんじゃないかと僕は思うんですけれど(笑)。要するに、射倒せる動物を集めて狩場に押し込んでおいたんですよ。

どのような人たちが獲物を追い込んでいたのでしょうか? ご当地の駿河の人たちでしょうか?

ご当地の人だけではなく、狩りに参加する人みんなで協力して獲物を追い込んでいたようです。「巻狩り」は単に獲物を狩るというだけではなく、御家人たちの軍事演習という一面もあったんですね。以前は武士団ごとにそれぞれのルールで勝手に合戦に臨んでいたわけですが、源平合戦などを通じて集団戦が行われるようになりました。そうなると、武士団ごとの連携、協力が必要不可欠になるわけです。巻狩りでは、合戦と同じように弓を射るだけではなく、連携、協力して獲物を追い込んでいくことも求められるので、軍事演習として最適だったようです。また、征夷大将軍の前で獲物を狩ることができれば、自身の武勇を示す良いアピールとなりますし、名誉なことだったと思います。

では、「矢口祝い」とは、どのようなものでしょうか?

「初めて狩猟で獲物を射止めました」ということを山の神様に報告する儀礼が、「矢口祝い」です。初めて狩猟をした人をみんなで祝福するのですが、この場を借りて、人間に動物を恵んでくれた山の神様への感謝も行っているんですね。

この儀式は、「巻狩り」の際にあわせて行われていたのでしょうか?

矢口祝い」は、「巻狩り」に限らずいろいろなところで行われています。室町時代の資料が残っているのですが、ふつうの2~3人の狩りでも初狩猟の際には山の神様に感謝して行っていたようです。

巻狩り」と「矢口祝い」は力を入れてできる限り再現していますので、ぜひこのシーンにも注目して、第23回をお楽しみいただければと思います。

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