特集

COLUMN 2022.01.16

教えて! 風俗考証・佐多芳彦さん

~坂東の人々の衣装は?~

北条義時をはじめ坂東武者が着ているものは何でしょうか?


これは「直垂ひたたれ」です。今回、武士はほぼ全員「直垂」という服装で出てきます。基本方針というわけではないんですけれども、やっぱり丸い襟の水干すいかん狩衣かりぎぬは、立場を持った人の格好、もしくは、朝廷に属性を持つ人の格好というのが非常に大きいので。今回の場合は、わかりやすくする意味もあって、武士たちは基本的に「直垂」という服装に、烏帽子えぼしを組み合わせています。

政子をはじめ女性たちの服装は何というのでしょうか?


これは「小袖こそで」ですね。政子の場合、布製の小袖を着ていて、腰に巻いているのは「湯巻ゆまき」という、前掛けのようなものです。武士の家の普通の娘の格好で、腰に「湯巻」を前掛けや巻きスカートみたいに巻いているわけですけれども、これは、この人が洗濯などの水回りの仕事をしたり料理を作ったりという、ある種“家事をしている”証拠でもあるんですね。ですから、これも設定の話になるのですが、政子頼朝の奥さんになってもたぶん仕事はしているんだろうと、それだったらその間は「湯巻」を着せようということになっています。

なるほど。では、「直垂」とはどんな服装なのでしょうか?


「直垂」は、まず襟が現代の着物のような感じで、上着とはかま共布ともぬのなんですね。これが「直垂」の基本的な定義です。「鎌倉殿の13人」では、例えばこの写真のシーン、頼朝が絹製のものすごく上質な「直垂」を着ています。白い帯をしていると思うんですけど、これは「直垂」の中でも正装ですね。この中で一番豪勢な格好をしているということになります。

帯を締めていると、ちょっとレベルが高くなるのですか?

帯が白くて絹製だったら、「直垂」の中でもタキシードみたいな役割を果たします。

違う色だと、レベルは高くないってことなんですね。

そうですね。義時宗時盛長らが着ているのも「直垂」なんですけど、生地が植物繊維の布製なんですよ。植物繊維でできているので基本的にツヤがなく、絹製に比べればはるかに廉価なものなんですね。布製で帯の色にこだわらないというのが日常のスタイルになります。だから、ここでは上下関係で頼朝を際立たせる役割として、いい絹の「直垂」を頼朝に着せているんですね。

「直垂」というと、「忠臣蔵」の松の廊下で浅野内匠頭が身に着けているような足元がダラッと長い服装の印象が強いのですが、そうではないのですね。

実は、「鎌倉殿の13人」で描くこの時代に「直垂」という服が一度、完成するんですよね。「直垂」はもともと庶民の服なんです。それが、平家のころに絹製のものと布製のものの両方がつくられるようになって、その後ずっと武士はこの「直垂」と烏帽子の組み合わせを鎌倉時代、室町時代と着続け、忠臣蔵の江戸時代でも着ているんです。裾がうんと長くなって装飾性が増加したものは、「直垂」の何百年かあとの姿ですね。

あれは進化のかたちなんですね。

武士のトレードマークである服装の「直垂」と烏帽子の組み合わせがちょうど出来上がったのが、「鎌倉殿の13人」で描く時代なんです。だから「直垂」と烏帽子という服装は、武士が日本の歴史で権力を得ていくのと歩みを一つにして発達していくものなんですね。

「直垂」という服から、袖を取ると肩衣かたぎぬになって、それで同じ色の袴をはけばかみしもになるわけです。逆に上着の裾を袴の中に入れずダラっと着ていれば羽織になります。よく時代劇に出てくる裃姿は、「直垂」よりもちょっと格が下がって、出勤着であるとか、日常の仕事着みたいな感じです。“江戸幕府ユニホーム”ですね。

「鎌倉殿の13人」で描く時代からスタートして、よく時代劇で見ているような服装に進化していくんですね。

そうです。だから「鎌倉殿の13人」を見て、そのあとに「真田丸」を見て、例えば江戸時代の何か作品を見ると、「直垂」の歴史が一望するようにわかるわけですよ。今回もそうなんですけども、実はそのことを意識しています。美術チームとも相談し、原点らしくちゃんとやろうねという話になったんです。ちゃんと時代を追えるように、みんなで話し合ってかなり丁寧にやっているんですよ。美術チームに感謝です。

特集

新着の特集をご紹介します