紀行

第27回

「神奈川県鎌倉市」

頼朝の死後、「鎌倉殿」を継承した源頼家

『吾妻鏡』には、頼家を支える13人の重臣たちの名前が記されています。

御家人たちに対抗し、頼家が指名した近習には、比企能員の息子が2人選ばれていて、頼家と比企一族のつながりの深さを物語っています。

神奈川県鎌倉市。平泉の寺院を模して頼朝が建立した永福寺ようふくじ頼家はこの場所で蹴鞠けまりを行おうとするも、雨で中止となったことが『吾妻鏡』に記されています。

永福寺跡

永福寺跡

永福寺は、鶴岡八幡宮、勝長寿院しょうちょうじゅいんと並ぶ、鎌倉三大寺社の一つで、当時は二階建ての仏堂があったと伝わります。

発掘調査を経て、当時の浄土庭園を復元。今は市民の憩いの場として親しまれています。

御家人たちの思惑が交錯する中、若き鎌倉殿の時代が始まりました。

「永福寺跡」

神奈川県鎌倉市

JR「鎌倉」からバス「大塔宮」下車 徒歩5分

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