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自称"ナゴルノ=カラバフ共和国消滅の衝撃

石川 一洋  専門解説委員

カスピ海と黒海の間のコーカサス地域のアルメニアとアゼルバイジャンが争ってきたナゴルノ=カラバフ紛争、アゼルバイジャンの軍事行動により現地のアルメニア人の作るナゴルノ=カラバフ共和国と称する自称国家は消滅し、多数のアルメニア人が避難民としてアルメニア本国に逃れています。なぜアルメニア側の事実上の敗北という形で終わろうとしているのか、ソビエト時代から現地を取材した石川専門解説委員に聞きます。

Q ナゴルノ=カラバフのアルメニア側の自称共和国が自ら消滅を宣言せざるを得ない事態をどのように見ていますか?

A 自称共和国のトップの命令の文面には、
「共和国としての存在を来年1月1日までに消滅する」
「住民はそれぞれ残留するか去るかは自分で判断する」と書かれています。この紛争の敗者は紛れなくナゴルノ=カラバフのアルメニア人たちです。すでに10万人がアルメニア本国に難民となって逃れています。

Q そもそもこのナゴルノ=カラバフ紛争とはどのような経過を辿ったのでしょうか

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A 地図をご覧ください。アルメニアとアゼルバイジャンはかつてはソビエトを構成する共和国でアゼルバイジャンの中にアルメニア人が多数住むナゴルノ=カラバフ自治州がありました。
アルメニア人は古いキリスト教のアルメニア正教信じる歴史のある民族です。アゼルバイジャン人は主にシーア派のイスラム教徒で言語的にトルコと近い民族です。
ソビエト時代末期アルメニア人が多数住むナゴルノ=カラバフ自治州がアゼルバイジャンからアルメニアに帰属替えを求める運動を起きたことが発端です。
91年のソビエト連邦崩壊後、両国の全面戦争となり、その時は今とは逆にアルメニアが軍事的にアゼルバイジャンを圧倒、ナゴルノ=カラバフのみならずその周辺の地域を含めアゼルバイジャンの領土の14%を占領、この状況が実は2020年秋まで続いたのです。

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Q そのアルメニア側が今回、自称ナゴルノ=カラバフ共和国が消滅し、敗者となりました。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか?

A まず90年代アルメニアが勝利した要因を説明しましょう。

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この紛争には外部のプレーヤーが重要な役割をしています。ロシア、トルコそしてアメリカです。90年代初頭、トルコの力はまだ弱く、米露がともにアルメニア寄りの姿勢をとったからです。
ロシアにとって、同じキリスト教のアルメニアは歴史的に繋がりが深く、集団安全保障条約に加盟するコーカサスでは唯一のロシアの同盟国でした。
アメリカの立場には第一次大戦の時に今のトルコが生まれる過程でアルメニア人が大虐殺された事件が影響しています。アメリカに逃れたアルメニア人がカリフォルニアやマサチューセッツなどを中心に強力なアルメニアロビーを形成し、旧ソビエト諸国への支援を定めた法律にアゼルバイジャンへの支援を禁じる修正条項を加えたのです。

Q 当初は米露がアルメニアを支援したのですね。ではなぜこの3年間でアゼルバイジャン勝利に劇的に変化したのでしょうか

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A 三つの要因があります。
▶︎カスピ海の石油、▶︎トルコのエルドアン体制の誕生そして▶︎アルメニアのパシニャン首相の誤算です。

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まずカスピ海の石油です。90年代半ば、アゼルバイジャンはカスピ海の巨大石油開発で局面の打開を図りました。この巨大油田開発が、アルメニア寄りだったアメリカの態度を変えました。アメリカはロシアの影響力を低下させるために首都バクーからロシアを経由しないでトルコに至るパイプラインの実現を目指しました。いわゆるBTCパイプラインです。大統領権限でアゼルバイジャンへの支援を再開、アゼルバイジャンをジョージア、ウクライナとともに反ロシアの中核と位置付けたのです。アゼルバイジャンは原油収入で経済を回復させただけでなく、軍事力を増強していきました。

Q ではトルコでエルドアン政権の影響とは?

A トルコとロシアの関係が劇的に変化しました。親米政権が続いたトルコはイスラム色の強いエルドアン政権の誕生とともに中東やコーカサスで影響力の拡大を目指す独自外交を開始し、国力も増強しました。ロシアのプーチン政権との間で、国益が衝突しながらも地域覇権を両国で調整するかたちで野合する場面が目立ってきました。さらにアリエフ体制で権威主義的傾向を強めるアゼルバイジャンとロシアとの関係も安定しました。結果的にプーチン体制のロシアでアルメニアの比重が徐々に低下していったのです。

Q アルメニアのパシニャン首相の誤算とは?

A アルメニアのパシニャン首相は2018年民主化運動の結果として誕生していました。アメリカやヨーロッパとの関係を強化する外交を進め、報道の自由など国内の民主化も進めました。プーチン大統領との関係は冷却化していきました。一方民衆の支持を受けたポピュリストとしてのパシニャン首相はナゴルノ=カラバフ問題ではむしろ一歩の妥協もしないという強硬な姿勢を続けました。
しかしその頃アゼルバイジャンはトルコ製のドロンなどを導入して、軍事革命を行なっていて、首相は相手の軍事力を過小評価していました。2020年秋の大規模な軍事衝突では、トルコの全面支援を受けたアゼルバイジャン軍がドロンなどで旧式のアルメニア軍を圧倒し、ナゴルノカラバフを除く占領地をすべて奪還したのです。

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欧米は言葉以上の支援には動こうとせず、また同盟国のロシアも、ナゴルノカラバフは法的にはアルメニアではないつまり集団安全保障条約に基づく防衛義務はないとして突き放した対応を取りました。

Q この30年間に国際社会は和平つまり平和的な解決の努力はしなかったのでしょうか?また今後の地政学への影響は?

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A 実は米ロ関係が良好だった2000年代にかけて米欧露の協力で和平交渉が妥結寸前までいったことが何度かありました。いずれの和平案もナゴルノ=カラバフ以外の占領地をアゼルバイジャンに返還することとナゴルノ=カラバフに自治権を与えることを主軸とするものです。しかし双方の世論は強硬で政治的な妥協は結局できませんでした。アルメニアにとっては、有利な状況下で和平が結べなかったことが、全てを失うという最悪の結果を招いてしまいました。
今後ですが、アルメニアのロシア離れ、つまりロシアの影響力は低下するでしょう。
ポイントは、アルメニアとアゼルバイジャン、トルコとの関係が正常化するかどうかです。

アゼルバイジャン、アルメニア、トルコは、カスピ海から地中海に至る最短の回廊となっています。おそらくアメリカはロシア抜きで三カ国の関係を正常化させこの回廊の実現を狙ってくるでしょう。これに対して、ロシアはトルコ、そしてイランという地域大国の仕切りのもとで東西回廊とロシアからの南北回廊の確立を狙ってくるでしょう。
コーカサスを巡る地政学的な主導権争いは今後もますます激しくなるでしょう。
この30年間、アルメニア、アゼルバイジャン双方が占領地や自国から相手の民族を追放する民族浄化、さらに虐殺行為も行われました。民族主義、ナショナリズムの恐ろしさを示したのがこの紛争だったといえます。その帰結もまたナゴルノ=カラバフのアルメニア人の事実上の故郷の喪失という結果となり、非常に残念な思いが残ります。

Q 今回の結果はウクライナへの軍事侵攻の影響はあるでしょうか、あるいはウクライナはこの結果をどのようにみているでしょうか

A ロシアはウクライナの軍事侵攻に手一杯でコーカサスに目を向ける余裕がなかった、そこをアゼルバイジャンはついたという側面はあるでしょう。ウクライナは平和的交渉による解決を求めながらも、この問題ではアゼルバイジャンの領土の一体性を強く支持していました。公式のコメントは出していませんが、結果的にアゼルバイジャンの領土一体性が回復したことは歓迎しているでしょう。アゼルバイジャンとは反ロシアの枠組みGUAMの中で連携を強めるでしょう。ウクライナは今回の事態は、ロシアが仲介者や安全保障のパートナーとして信用できないことを示したとして他の旧ソビエト諸国への働きかけを強めると思います。


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