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トルコ 大統領選挙後の内政と外交

出川 展恒  解説委員

先月トルコで行われた大統領選挙。決選投票の結果、現職のエルドアン氏が、野党の統一候補クルチダルオール氏を破って再選されました。トルコの政治を20年にわたって率い、ロシアとウクライナの仲介役を果たしてきたエルドアン氏ですが、今回、強い逆風を跳ね返しての勝利でした。経済の立て直し、大地震からの復興、ウクライナ情勢など内外に多くの難問を抱えての再出発となります。
中東情勢担当の出川展恒解説委員です。

Q1:
まず、エルドアン大統領が、苦戦しながらも再選を果たした要因をどう見ますか。

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A1:
エルドアン氏が、岩盤支持層と呼ばれる保守的なイスラム層や、トルコ民族主義者、低所得層からの支持を、つなぎとめたのが最大の勝因だと思います。
エルドアン氏は、最大の都市、イスタンブールで生まれ育った敬虔なイスラム教徒です。イスタンブールの市長を務めたあと、イスラム主義の政党「公正発展党」を率い、首相時代から通算で20年にわたり、トルコを牽引してきました。

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トルコは、国家と宗教を厳しく分離する「世俗主義」を国是としていますが、エルドアン氏は、大学など公の場での女性のスカーフ着用を認めるなど、イスラム教徒の権利を守る政策を進める一方、低所得層の生活向上に力点を置き、インフラの整備や外資の導入で、めざましい経済成長を実現させました。
その一方で、政治手法が次第に強権的になっていったと指摘されます。

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以前は、議院内閣制で、首相が最高権力者だった制度を、6年前、国民投票による憲法改正で改めました。大統領を国民の直接投票で選んで、絶大な権力を集中させる「実権型大統領制」を導入し、自ら就任したのです。事実上のワンマン体制です。

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そのエルドアン氏が、今回、厳しい選挙戦を強いられたのは、ここ数年の激しいインフレで、人々の暮らしが非常に苦しくなったこと。そして、今年2月の大地震で、政府の初動対応の遅れや震災対策の不備が批判されたためです。エルドアン氏は、20年の実績を繰り返しアピールする一方、最低賃金の引き上げや公共料金の一部無料化を実施し、大地震の被災者に、現金を支給し、住宅を用意すると約束するなど、猛烈な巻き返しを図り、再選に漕ぎつけました。

Q2:
選挙後のトルコの内政の課題として、何に注目しますか。

A2:
まず、経済政策です。エルドアン氏は、現在も40%を超えるインフレ率を、1桁台に下げると公約しましたが、問題はどう実現するかです。これまで、「高い金利は景気を冷やす」などと主張して、利下げを繰り返したことが、自国通貨リラの下落と、激しいインフレを招いたと指摘されています。経済や金融の原則に逆行する政策です。エルドアン氏は、近く閣僚を総入れ替えして、新政権を発足させますが、誰を経済閣僚に指名するのか、そして、中央銀行の独立性を回復させ、これまでの金融政策の修正に踏み切るのかどうかが注目されます。
また、今回の選挙では、「実権型大統領制」の是非も問われました。野党のクルチダルオール候補の陣営は、この制度が、エルドアン氏の独裁化と、政府の機能不全を招いたとして、もとの「議院内閣制」に戻し、三権分立を確立すると公約しました。大統領の再選が決まり、「実権型大統領制」は存続しますが、エルドアン氏が、国民の半数近くが野党側の主張を支持したことをどう受け止めるのか。そして、この20年で広がった経済的な格差や社会の分断をどう解消するのかが、非常に重い課題になると思います。

Q3:
次に、トルコの外交ですが、まず、ウクライナ情勢には、どんな変化が起きると予想されますか。

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A3:
劇的な変化は起きないと思います。エルドアン大統領は、ロシアのプーチン大統領とも、ウクライナのゼレンスキー大統領とも直接対話できる関係を築いてきました。

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これまで両国の停戦に向けた協議や、農産物の輸出再開に向けた交渉を仲介してきましたが、今後も、首脳レベルの仲介を続ける考えと見られます。

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トルコは、NATO=北大西洋条約機構の加盟国で、アメリカやヨーロッパ諸国と同盟関係にありますが、天然ガスや小麦の最大の供給元であるロシアとの関係を悪化させることはできません。両者のバランスをとりながら、国益を最大にする外交を模索すると思います。
また、NATOへの加盟を申請した北欧のスウェーデンに対しては、テロ組織とみなすクルド人武装組織の関係者への支援をやめない限り、加盟は認めないという、これまでの主張を崩さないと見られ、スウェーデンの加盟が早期に実現する可能性は低くなりました。
さらに、エルドアン政権が、NATOの一員でありながら、ロシアから最新鋭の地対空ミサイルシステム、S-400を導入したことや、7年前のクーデター未遂事件に関連するトルコ国内の人権問題をめぐって、アメリカやヨーロッパ諸国との間で、ぎくしゃくした関係が続いてきました。
経済を立て直し、大震災からの復興を実現するためには、外国の資本や技術を導入する必要があります。エルドアン氏が、再選を機に、これまで緊張や対立を抱えてきた欧米諸国や、湾岸のアラブ産油国、イスラエルなどと、どこまで関係の修復を図るのかも注目されます。

Q4:
エルドアン氏は、隣国シリアの内戦には、どう対応するでしょうか。

A4:
トルコ国内には、内戦の戦火を逃れてきたおよそ330万人のシリア難民が暮らしています。エルドアン政権は、同じイスラム教徒という立場から、シリア難民を客人として受け入れてきましたが、経済の悪化にともなって、難民の存在を疎ましく思う国民が増えています。財政を圧迫し、トルコ人の雇用を奪う存在と見ているのです。

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エルドアン氏も、こうした国民の感情を考慮して、選挙戦中に、シリア難民の帰還を促進する方針を打ち出しました。具体的には、国境を接するシリア北部の反政府勢力の支配地域に住宅を用意して、第1段階として、100万人を帰還させるとしています。あわせて、内戦で国交を断絶していたシリアのアサド政権との関係改善に向け、協議を始めています。これに対し、トルコ国内で暮らすシリア難民たちは、アサド政権が支配するシリアには絶対に戻りたくないと、不安を募らせています。これまでに、百万人に近いシリア難民が、トルコを経由して、ヨーロッパ諸国に移動したいきさつもあり、エルドアン政権の対応が注目されます。

Q5:
日本は、引き続きエルドアン氏が率いるトルコとどう向き合えば良いでしょうか。

A5:
今年は、第1次世界大戦での敗戦後、近代国家として生まれ変わったトルコ共和国の建国100周年にあたります。日本は、この間、トルコとは深い友好関係を築いてきました。そして、エルドアン氏は、10月に予定される記念式典を自らの手で主催することを、長年の悲願としてきました。エルドアン氏は、新たな気持ちで、内外の課題に取り組むことになりますが、日本としては、トルコが、国際社会からの期待に応えるかたちで、名実ともに、民主主義国家として発展して行けるよう、大地震からの復興と合わせて、協力と助言を惜しまないことが大切だと考えます。


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