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サウジアラビア・イラン 関係正常化の背景

出川 展恒  解説委員

7年前に国交を断絶し、激しく対立してきたサウジアラビアとイラン。
両国は、先月10日、2か月以内に、国交を正常化させることで合意しました。
中国が水面下で進めていた仲介が実を結んだものです。
今月6日、両国の外相が北京で直接会談し、大使館の再開など正常化に向けた歩みを着実に進めています。
突然の関係改善は、国際社会に大きな驚きを広げています。
関係正常化が実現に至った背景と影響を考えます。
出川展恒解説委員です。

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Q1:
サウジアラビアとイランが、関係を正常化する意味は何でしょうか。

A1:
中東の覇権を争う両国の対立は、イラク、シリア、イエメン、レバノンなど多くの国を巻き込み、「代理戦争」と言われる状況を生み、中東諸国を分断させてきました。
それだけに、関係正常化が実現すれば、2か国にとどまらず、地域全体の安定と緊張緩和につながるという期待があるのです。

Q2:
そもそも、両国が国交を断絶したいきさつは何だったのですか。

A2:
両国とも莫大なエネルギー資源を有する地域大国で、長年、中東の覇権を争ってきました。

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サウジアラビアは、「アラブ諸国の盟主」を自認し、イスラム教の聖地メッカを擁し、スンニ派の厳格な教えに基づく王制の国で、アメリカと良好な関係を維持してきました。

一方、イランは、ペルシャ民族の国で、かつて革命で王制を倒し、イスラム教シーア派の教えに基づく宗教国家を建設し、アメリカとは敵対してきました。

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そして、2003年のイラク戦争などを機に周辺国に影響力を拡大し、「シーア派の三日月地帯」と呼ばれる勢力範囲を形成するようになります。

サウジアラビアは、これに警戒感をあらわにし、2016年1月、国内のシーア派の宗教指導者らがテロに関わったとして処刑しました。
イランでは、これに怒った群衆がサウジアラビア大使館を襲撃し、両国は国交を断絶したのです。

しかしながら、対立が長期化すると、両国ともそれを負担に感じるようになりました。
サウジアラビアは、軍事介入したイエメンの内戦が泥沼化して、多くの兵士の命を失うとともに、戦費の拡大が財政を圧迫しています。
一方、イランは、核開発問題をめぐってアメリカなどの制裁が続いて経済が悪化し、去年、女性のスカーフ着用をめぐる民衆の抗議デモが反体制運動に発展すると、サウジアラビアとの対立に力を注ぐ余裕はなくなりました。

Q3:
関係正常化によって、どんな変化や影響が起きるでしょうか。

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A3:
中東地域の緊張緩和につながることが期待されます。
▼まず、イランと、アラブ首長国連邦やバーレーンなど、サウジアラビアの影響が強いアラブ諸国との関係が改善に向かっています。
▼次に、イエメンの内戦ですが、今月9日、サウジアラビア政府とイエメンの反政府勢力の代表が、直接会談しました。これをきっかけに、双方が対話を重ね、停戦の継続と内戦の終結に結びつくかどうかが注目されます。
▼また、内戦が続くシリアをめぐる国際関係も変化しています。
12日、シリアの外相がサウジアラビアを訪問し、18日、サウジアラビアの外相がシリアを訪問し、アサド大統領と会談、国交を正常化することで合意しました。
内戦が原因で、シリアはアラブ連盟の参加資格を失っていましたが、アサド政権の優勢は動かないうえ、イランとサウジアラビアの関係正常化の影響で、近くアラブ連盟への復帰が認められるのではないかという観測も出ています。

Q4:
そして、今回の関係正常化では、中国が重要な役割を果たしたのですね。

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A4:
その通りです。関係正常化に向けて、2年前から、イラクやオマーンが仲介していたことは伝えられていましたが、中国による仲介は、サプライズでした。
去年12月の習近平国家主席のサウジアラビア訪問、今年2月のイランのライシ大統領の中国訪問などを経て、水面下で着々と進められてきたと見られます。
中国は、近年、経済力を背景に中東諸国に接近していましたが、政治面でも積極的に中東に関わる意思を示したものと言えます。

アメリカは、国内のエネルギー生産が拡大し、中東産のエネルギーに依存する必要がなくなったことや、イラク戦争の失敗で信用を失ったこともあり、「中東離れ」を進めています。
代わって中国が存在感を強めています。
中国は、サウジアラビアとイランから、それぞれ大量の原油を輸入しており、両国の対立を解消し、地域を安定化させることは、自らの国益にかなうのです。

Q5:
周辺国や関係国は、今回の関係正常化をどうみていますか。

A5:
多くの周辺国は、歓迎しています。これまで、両国の対立に巻き込まれ、外交や経済でマイナスの影響を被ってきたからです。

ただ、アメリカは、今回の関係正常化が「アメリカ抜き」で行われ、事前にサウジアラビアから知らされていなかったことに、衝撃を受けているようです。
中東地域での自らの影響力低下を見せつけられた形です。

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また、イスラエルはここ数年、アメリカ、および、サウジアラビアと協調して、イランに対する包囲網を築くことに力を注いできましたが、関係正常化で、はしごを外された格好です。

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サウジアラビアは、イランの核開発が平和目的である限り、容認する姿勢ですが、イスラエルは、イランが核兵器の開発を目論んでいると決めつけ、絶対に許さない姿勢です。
イランの核開発を阻止するためには、単独でも行動を起こすのではないか。
たとえば、軍事攻撃やサイバー攻撃、暗殺や破壊工作など、あらゆる手段を使って妨害する可能性が今後高まると、多くの専門家は見ています。

Q6:
先月の合意では、2か月以内に国交を正常化するということでしたね。

A6:
当初の予定より早まる可能性があります。
サウジアラビアのファイサル外相と、イランのアブドラヒアン外相は、先月の合意以来、電話会談を重ねたあと、今月6日、北京で直接会談しました。
そして、イランがサウジアラビアに置いている大使館が、12日に再開しました。
サウジアラビアの駐イラン大使館も、近く再開するとみられます。
さらに、イランのライシ大統領が、サルマン国王からの招待に応じて、サウジアラビアを訪問する意向を示したと伝えられ、歴史的な訪問がいつになるかが注目されます。

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ただし、サウジアラビアとイランの対立と覇権争いは根が深いだけに、再び関係が悪化する可能性もあります。
正式に公表されていませんが、先月の合意では、
▼サウジアラビアが、イラン核合意の立て直しを支持すること。
▼両国がイエメン内戦の終結をめざすこと。
▼サウジアラビアが、イランの反体制メディアの支援をやめること
などを両国が申し合わせたということです。
これらの合意事項を双方が守るかどうかが、関係正常化がうまくゆくかのカギを握ります。

今回の合意で、中東の政治地図がどう変わり、緊張緩和に向かってゆくのかどうか、この地域から90%以上の原油を輸入している日本にとっても、他人事ではありません。
関係国の動向を注視してゆく必要があると思います。


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