トルコ南部で起きた大地震から、6日で1か月が経過しました。これまでに、トルコとシリアの両国で、合わせて5万2000人以上の死亡が確認されました。このうち、トルコでは、家を失った多くの人々がテントでの避難生活を続けています。政府の初動の対応や震災対策の不備への批判が高まっていて、5月に大統領選挙を控えるエルドアン大統領は、逆風にさらされています。今回の大震災がトルコの政治に与える影響を考えます。スタジオは出川展恒解説委員です。
Q1:
大地震から1か月、トルコの被害状況を簡単に説明してください。
A1:
今回の大地震は、トルコ共和国始まって以来、最悪の被害を広げています。犠牲者は、およそ4万6000人、人口の6分の1にあたる1400万人が被災しました。このうち、テントでの避難生活を余儀なくされている人は140万人以上です。被災地では、がれきの撤去も進まず、ところによっては、水や食料など生活に必要な支援さえ届いていません。UNDP=国連開発計画は、トルコでの被害額を、およそ1000億ドル、日本円で、13兆7000億円を超えると見ています。
Q2:
トルコ政府は、これまでどう対応してきましたか。
A2:
エルドアン大統領は、被災した南東部の10の県に、3か月間の「非常事態宣言」を出し、70か国、14の国際機関から支援を引き出しました。日本からも国際緊急援助隊が派遣されました。
戦争のただ中にあるロシアとウクライナ、トルコと対立を抱えるイスラエルやギリシャ、トルコがNATO加盟に反対しているスウェーデンとフィンランドも、支援に動きました。
しかし、震災発生直後、トルコの救助隊が被災地に到着するのが遅れたことや、震災対策の不備、とくに建物の耐震強度が弱く、多くの建物の倒壊を招いて、非常に多くの犠牲者が出たことについて、強い批判が寄せられました。
Q3:
耐震基準を満たさない違法な建築の問題があることについては、多くの批判が出ていますね。
A3:
はい。適切な取り締まりをしてこなかったエルドアン政権の責任も問われています。地震国のトルコでは、日本と同様、厳しい建物の耐震基準があります。しかし、耐震基準を満たさない建物でも、所定の金額を当局に支払えば、登記が認められ、法律の抜け穴がありました。当局への賄賂も横行していました。違法な建築を厳しく取り締まってこなかったのは、エルドアン政権が、支持基盤である建設業界に配慮したためではないかという批判があがったのです。先月26日には、最大都市イスタンブールで、政府の退陣を求めるデモが行われたほか、サッカースタジアムの観客が、「政府は退陣しろ」と合唱する場面もありました。
トルコでは、今年5月14日に、大統領選挙と議会選挙が予定されています。野党側は、これだけ被害が拡大したのは、「人災だ」として、エルドアン政権への批判を強めています。これに対し、エルドアン政権は、倒壊した建物の建築をめぐる責任追及に乗り出し、これまでに、およそ250人が逮捕されたと伝えられます。
Q4:
選挙は、あと2か月ほどで行われるのですか。エルドアン政権にとっては、不利な状況ではありませんか。
A4:
はい。政権への批判を見ますと、エルドアン政権にとって強い逆風が吹いているように感じられます。トルコでは、前例もあります。24年前(1999年)に起きた大震災では、当時の政権が退陣に追い込まれ、その後、エルドアン氏が率いる与党「公正発展党」が、政権に就くきっかけとなりました。
今年は、トルコ共和国の建国100年にあたり、エルドアン大統領としては、何としても再選を果たし、10月の建国記念式典を自ら主催したいと考えています。国内では、与党内からも、震災への対応に専念するため、選挙を延期すべきだという議論も出ています。それでも、エルドアン大統領は、今月1日、選挙を延期せず、予定通り5月14日に行う意向を示しました。
Q5:
それは驚きですね。どうしてでしょうか。
A5:
エルドアン大統領としては、勝算があっての判断だと思います。ひとつには、野党側の足並みがそろわず、統一の大統領候補が、なかなか決まらなかったことがあります。野党陣営は、6つの政党が共闘して、「野党連合」を結成し、大地震が起きる前に、選挙公約も発表していました。
どういう内容かと言いますと、現在、大統領は、国民の直接選挙で選ばれ、絶大な権限を握っています。エルドアン大統領の肝いりで、5年前に導入された「実権型の大統領制」ですが、野党連合は、これが大統領の独裁化と政府の機能不全を招いていると批判して、もとの制度、つまり、議院内閣制に戻し、廃止された首相職を復活させ、三権分立を強化することを掲げています。そして、最大野党の「共和人民党」のクルチダルオール党首を、統一の大統領候補とする方向で、話は進んでいました。ところが、2番目に大きな野党の「善良党」がこれに反対し、野党連合からの離脱まで表明したため、苦境にあったエルドアン大統領には、自らに有利な状況になったように見えたのです。
エルドアン大統領は、この間、被災地に積極的に足を運び、政府の初動の対応が悪かったことを認めて、住民に謝罪するとともに、被災した家族には、被害に応じた額の現金を支給することを決めました。さらに、およそ50万世帯分の公営住宅を1年以内に建設する計画を明らかにするなど、矢継ぎ早に、支援策を打ち出しています。未曾有の大震災からの復興を実現できるのは、長年トルコを率いてきた自分しかいないと、有権者にアピールしています。
こうした情勢を反映して、最新の世論調査では、野党連合の支持率が伸びていないことが明らかになりました。エルドアン政権の与党連合も、支持率を落としてはいるものの、第1勢力を維持できると判断したようです。
Q6:
そうしますと、大統領選挙、まだ予断を許さない状況ですね。
A6:
そう思います。大震災の被害が最終的にどこまで広がるのか。エルドアン政権が、被災者の生活を支え、復興に向けた道筋を示せるのか、そして、80%を上回っていた驚異的なインフレを抑え込み、経済を立て直せるかが、勝敗のカギを握ります。
一方、野党連合は、6日、分裂状態を解消し、大統領候補を「共和人民党」のクルチダルオール党首に一本化することに成功しました。
クルチダルオール氏は、インドの指導者マハトマ・ガンジーに顔が似ていることから、「トルコのガンジー」の異名があります。元官僚のエコノミストで、カリスマ性には欠けるとの指摘もあり、今後、野党連合を結束させて、政権交代、および、議院内閣制に復帰する必要性を有権者にアピールできるかどうかが問われます。
そして、大震災の混乱と、2か月後の大統領選挙は、トルコの外交政策にも影響を与えそうです。
たとえば、エルドアン政権が、ウクライナとロシアの間で行ってきた仲介外交は、中断を余儀なくされる可能性があります。また、加盟国のトルコの批准が不可欠な、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題も、大統領選挙が終わるまでは、事実上、棚上げとなりそうです。今回のトルコの大地震は、ウクライナ情勢で緊迫する国際情勢にも予測しがたい変化をもたらす可能性があります。
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