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イスラエル 復活のネタニヤフ政権に強まる批判

出川 展恒  解説委員

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中東のイスラエルで、政権復活を果たしたネタニヤフ首相。
その新たな連立政権が打ち出す前例を無視した政策への批判が内外で強まっています。
合わせて、パレスチナ側との間で襲撃事件が相次ぎ、緊張が高まっています。
出川展恒解説委員です。

Q1:
ネタニヤフ政権のどんな政策が問題になっているのですか。

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A1:
新たなネタニヤフ連立政権は、去年11月1日の議会選挙を受けて、12月29日に発足しました。
主に2つあり、1つは司法制度を大幅に変えようとしていること。
もう1つは、パレスチナに対する非常に強硬で一方的な政策です。
まず、司法制度の改変から説明します。
この政権は、発足早々、司法制度を大幅に変える法案を議会に提出しました。

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その内容は、
▼最高裁判所の決定を議会が過半数の賛成で覆すことができるようにする。
▼最高裁の法律審査権を大幅に制限する。
▼裁判官の選定に政府の意向がより反映されるようにする。
などなど、政府や議会の権限を強め、司法府の権限を制限するものです。

Q2:
なぜ、そのような法案を出したのですか。

A2:
イスラエルは、これまで、三権分立や司法権の独立など、欧米流の民主主義が確立した国として知られてきました。
しかしながら、極右政党やユダヤ教政党などとともに、「イスラエル史上最も右寄りでタカ派」と呼ばれる連立政権を発足させたネタニヤフ首相は、かねてから、「司法界は左翼的で世俗的すぎる」と批判してきました。
司法制度を改変する狙いは、これまで起きてきたように、政府の決定に、司法から待ったがかかるのを防ぐことにあると考えられます。

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そして、閣僚人事も関わっています。
脱税の罪で有罪判決が確定したユダヤ教政党「シャス」の党首、デリ氏が、今回、内相に就任しましたが、最高裁判所は、先月、法律違反にあたるとして、これを無効とする判断を下しました。
連立与党合わせて64議席中、シャスに所属する議員は11人いるため、ネタニヤフ首相にとって、デリ氏を閣内に留めておくことは、連立政権を維持するうえで極めて重要です。
もし、提出した法案が通れば、議会過半数の61の賛成で、最高裁の決定を覆すことができます。
さらに、ネタニヤフ首相自身が、3つの汚職の罪で裁判中の身です。
この法案の成否は、ネタニヤフ氏にとって、政治家としての生き残りを左右する問題と言えます。

Q3:
この法案に対しては、大規模な反対運動が起きているようですね。

A3:
はい。現職の最高裁長官や検事総長を含む法曹界や野党勢力、学生などから司法権の独立と民主主義を損なう暴挙だとして、異例とも言える大きな反対運動が起きています。
最大都市のテルアビブでは、何万人もの人々が参加する抗議集会が、4週連続で開かれました。
加えて、イスラエルのビジネス界のリーダー数百人が法案に反対する声明を出したほか、中央銀行の総裁が、ネタニヤフ首相に経済への悪影響を警告したと伝えられています。
とりわけ、ハイテク産業界が、法案はイスラエルの司法制度の信頼性を損なわせ、海外からの投資が減るおそれがあると懸念しています。
先月下旬には、最も成功した企業が、資金を国外に移す計画を発表し、その影響で株式市場が下落したと伝えられています。

Q4:
大変な事態ですね。批判の的となっているもう1つ、パレスチナに対する強硬な政策とは、どんなことですか。

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A4:
占領政策が、これまでにも増して、強硬で一方的な性格を帯びています。
今回、2人の極右政党の党首が、重要閣僚に就任しました。
いずれも、パレスチナ国家の樹立を認めず、占領地での入植活動の拡大、さらには、ヨルダン川西岸地区をイスラエルに併合すべきだとまで主張してきた人物です。
このうち、イスラエルの治安を統括するベングビール国家安全保障相は、先月3日、エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地に足を踏み入れ、パレスチナ側を挑発する行為だとして、国際社会の批判を浴びました。
そこは、ユダヤ教とイスラム教の共通の聖地となっているエリアで、かつて、イスラエルの政治家が足を踏み入れたことをきっかけに、数年にもわたる暴力の応酬に陥ったことがあります。

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また、イスラエルの財政および占領政策を担うスモトリッチ財務相(兼第2国防相)は、先月6日、パレスチナ暫定自治政府に代わってイスラエルが徴収した税金の引き渡しを一方的に停止しました。
パレスチナ側が敵対的な姿勢をとっていることへの制裁ということですが、国際法上の根拠はなく、パレスチナ住民の生活に深刻な影響が出ています。
こうした中、先月下旬、イスラエルとパレスチナの間で襲撃事件が立て続けに起き、極度に緊張が高まっています。

Q5:
具体的に、どんな事件が起きているのですか。

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A5:
まず、先月26日、ヨルダン川西岸地区の町ジェニンで、イスラエル軍が、パレスチナの武装組織「イスラム聖戦」の拠点を襲撃し、一般市民を含む9人のパレスチナ人が死亡しました。
さらに、同じ26日の夜、パレスチナ暫定自治区のガザ地区から、数発のロケット弾がイスラエル領内に撃ち込まれ、イスラエル軍が、報復として、イスラム主義組織「ハマス」の拠点を空爆しました。

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翌27日には、イスラエルが一方的に併合した東エルサレムのユダヤ人入植地にあるユダヤ教の礼拝所が銃撃され、7人のイスラエル人が死亡しました。
銃撃したのは、東エルサレムに住むパレスチナ人で、イスラエルの警察にその場で射殺されました。
さらに、28日にも、エルサレム旧市街の南に位置する地区で、イスラエル人の親子2人が、パレスチナ人の少年に銃撃され、負傷しました。

ネタニヤフ政権は、2つの銃撃事件の実行犯の自宅をそれぞれ封鎖し、近く取り壊すものと見られます。
こうした措置は、犯人の家族全員を巻き込む「集団処罰」にあたり、国際法に違反するという批判があがっています。

先週、イスラエルを訪問したアメリカのブリンケン国務長官は(30日)、ネタニヤフ首相と会談し、共同記者会見で、「法の支配や人権保護は民主主義の原則だ」と述べて、一連の対応を暗に批判したうえで、パレスチナとの「2国家共存」が和平の唯一の道だと強調しました。

Q6:
ネタニヤフ政権は、こうした内外からの批判を、どう受け止めていますか。

A6:
基本的に、批判には耳を貸さず、政策を押し通す姿勢です。
ネタニヤフ政権は、先月29日の閣議で、東エルサレムに暮らすパレスチナ人がテロを行った場合、その家族への社会保障の支給を打ち切ることを決めました。
これに加えて、テロを行ったパレスチナ人が東エルサレムに居住する権利を剥奪する法案をつくるよう命じました。

奇跡的とも言われる政権返り咲きを果たしたネタニヤフ首相、連立を組む極右政党やユダヤ教政党の意向に左右され、「法の支配」を軽視する傾向が顕著です。
自らの権力と政権を維持することを最優先に考えているためと見られます。
アメリカ・バイデン政権は、こうした姿勢を苦々しく思いながらも、強い圧力や制裁をかけてやめさせるつもりはないようです。
ネタニヤフ氏の新たな連立政権は、いずれ、占領地の併合など、国際法を無視した政策に踏み切るのではないか、その時、最高裁などが待ったをかけても、議会を動かして阻止するのではないかという懸念が広がっています。


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