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『徴用』問題 最終局面 日韓関係の行方

出石 直  解説委員

日本と韓国の間の最大の懸案となっている「徴用」をめぐる問題で、韓国政府は先週、裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって政府の傘下にある財団が原告への支払いを行うことで事態の収拾を図る最終案を示しました。この問題の現状と課題、そして日韓関係の行方について出石 直(いでいし・ただし)解説委員に聞きます。

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Q1、日韓関係が改善に向かっていると受け止めて良いのでしょうか?

A1、今月12日に韓国政府の最終案が示されました。関係改善に改善に向けて事態は最終局面を迎えていると言ってよいと思います。

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この問題は、2018年韓国の最高裁判所で下された判決が発端でした。太平洋戦争中、徴用工や女子勤労挺身隊などとして朝鮮半島から動員され日本国内の軍需工場などで働いていた人達が、韓国で日本企業を相手に起こしていた裁判で、韓国の最高裁は原告側の主張を認め日本企業に賠償を支払うよう命じる判決を言い渡しました。

一方、1965年に日本と韓国が国交を正常化させた際に締結された日韓請求権協定では、この問題は「完全かつ最終的に解決され」「いかなる主張もすることができない」と明記されています。

政府間の約束事である請求権協定では「解決済み」、韓国の最高裁は「未解決」。相矛盾する判断が示されたことで、政府間の外交問題に発展してしまったのです。原告側は日本企業の株式や商標権などの資産を差し押さえてこれを現金に換える手続きを進めています。これが現金化されてしまえば、日本の企業が実害を被ることになり、より深刻な事態になることが懸念されていたのです。

Q2、そうした事態が回避される見通しになったということでしょうか?

A2、その通りです。最終案を示した韓国政府の担当者の発言です。

(韓国外務省ソ・ミンジョンアジア太平洋局長1/12)
「被害者が第三者を通じても判決金を受け取っても良いという点がある」

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「第三者を通じて」というのがポイントです。これならば、少なくとも日本企業が実害を被る事態は回避されることになります。
韓国政府の最終案では、日本企業が原告に賠償するのではなく、政府傘下の支援財団が受け皿となって日本企業に代わって原告への賠償を行います。賠償の支払いに充てる資金は製鉄会社や道路公団などの公共企業から募るとしています。

Q3、お金の出どころは韓国の公共企業になるのですね。

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A3、なぜ公共企業かと言いますと、日本と韓国が国交を正常化した際、日本は当時の韓国の国家予算を上回る5億ドルの経済協力を行っています。しかし提供された資金のほとんどは高速道路や鉄道、製鉄所の建設などインフラ整備に充てられ、元徴用工への支援には十分向けられませんでした。そこで経済協力の恩恵を受けた公共企業が韓国政府の傘下にある支援財団に寄付を行い、財団が日本企業に代わって原告への支払いを行うという最終案となったわけです。

Q4、日本企業に代わって、公共企業から寄付を受けた韓国の財団が賠償を行うということですね。

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A4、日本企業は支払いを免れますし、原告は賠償を受けることができます。日韓請求権協定と韓国最高裁判決の矛盾の解消を目指した苦肉の策と言えます。韓国側の関係者からも「不可能な最善より可能な次善の策だ」と評価する声が聞かれます。日本政府もこの最終案には一定の理解を示しています。

Q5、これで問題は解決ということになるのでしょうか?

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A5、まだクリアしなければならない課題がいくつか残されています。
ひとつはこれで「原告側の理解」が得られるかという点です。
原告側は、賠償には日本の企業も加わるべきだとの立場を崩していません。しかしこれは請求権協定で「解決済み」という原則に反することになってしまいます。韓国政府の担当者も日本企業から賠償を取り付けるのは事実上不可能だとして、最終案で合意するよう説得を続けています。

もうひとつは「韓国国内の世論」です。最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表は「屈辱外交だ」と厳しく批判しています。12日に開かれた公開討論会でも政府の最終案に反対する人達が壇上に上がろうとして係員ともみ合う一幕もありました。

三つ目は「日本側の対応」です。最終案をまとめた韓国政府は、日本政府に対して植民地支配に対する謝罪と反省を、日本企業に対しても自発的な対応を求めています。自分達はここまで譲歩したのだから、日本側も誠意ある対応をしてほしいというのです。

Q6、日本側はそれに応じるのでしょうか?

A6、かなり慎重な姿勢です。8年前の慰安婦問題をめぐる合意が前のムン・ジェイン政権によって事実上反故にされてしまった苦い経験があるからです。これで本当に決着となるのか、韓国側と詰めの協議を続けています。

日韓両政府ともこの問題の早期決着をはかりたいという点では一致しています。アメリカ政府も、北朝鮮、中国、ロシアの脅威に対抗するためには日米韓の連携強化が欠かせないとして日韓の関係改善を強く望んでいます。そもそもこの問題、「解決済み」と「未解決」という相矛盾するものを外交協議によって決着しようというものですから、どんな形の決着になるにせよ一定の反発が出ることは避けられません。最終的には両国の政治指導者が国内の反対を押し切ってでも関係改善をするという決断ができるのかにかかっていると思います。

Q7、日韓関係は国交正常化以降最悪と言われる状態が続いていましたが、今後の日韓関係についてはどう考えますか?

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A7、「現状認識」と「歴史認識」に立った関係を模索していくべきではないでしょうか。
東アジアの安全保障環境はかつてないほど緊迫化しています。北朝鮮の脅威に備え、核・ミサイル開発に歯止めをかけるためには日韓の協力は欠かせません。新型コロナウイルスの感染拡大の前には両国を往来する人の数は年間1000万人を超えていました。

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徴用をめぐる問題についても「意思に反して連れてこられ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者がいた」ことは日本政府も認めているところです。

日本と韓国は、この地域の平和と繁栄を守る重要なパートナーになりえる存在なのだという「現状認識」、そして過去の反省に立った「歴史認識」、この二つの認識に基づいた関係を構築していくことは、日韓双方にとっての利益になると思います。


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