NHK 解説委員室

これまでの解説記事

NATO加盟 北欧とトルコの駆け引き

二村 伸  専門解説委員

i220118_01.jpg

ウクライナに侵攻したロシアの脅威に対処するため、北欧のスウェーデンとフィンランドがNATO・北大西洋条約機構への加盟を申請してから8か月。加盟にはすべての国の批准が必要ですが、トルコは慎重な姿勢を崩していません。スウェーデンはトルコ政府が求めるジャーナリストの引き渡しを拒否。首都ストックホルムでは強硬なトルコに対しエルドアン大統領に模した人形を逆さ吊りにする抗議行動が起き、トルコは強く反発しています。ロシアに対して一枚岩になれないNATO。カギを握るトルコは北欧2か国の加盟に応じるのか、各国の思惑を探ります。

Q.トルコとスウェーデンがNATO加盟をめぐってここまでこじれているのは何故でしょうか。

この機にとれるものはすべてとりたいトルコと、人道的にもこれ以上譲歩はできないスウェーデン、双方の思惑が真っ向からぶつかっているからです。

i220118_02.jpg

スウェーデンとフィンランドは去年6月、トルコの要求に応じてクルド人武装組織PKK・クルド労働者党をテロ組織と確認し、支援を行わないことやメンバーの引き渡しに関する法的枠組みを整備することなどで合意。トルコ政府は要求がほぼ受け入れられたとして両国のNATO加盟を支持することを表明しました。

i220118_03.jpg

先月はじめにはスウェーデン政府が、PKKのメンバーをトルコに引き渡しました。ところが19日、スウェーデン最高裁判所は亡命中のジャーナリストの引き渡しを認めない判断を下しました。トルコの英字新聞の外信部長や編集長を務め、来日経験もあるビュレント・ケネシュ氏です。
トルコ政府は2016年のクーデター未遂事件をイスラム教指導者ギュレン師が首謀したと主張し、その支持者と見なすおよそ5万人を一斉に拘束したり公職から追放したりしました。さらにエルドアン政権に批判的なテレビ局や新聞社を閉鎖し、スウェーデンに亡命したケネシュ氏の身柄の引き渡しを求めていました。

Q.PKKのメンバーの引き渡しには応じたスウェーデンがジャーナリストの引き渡しを拒むのはなぜでしょうか。

i220118_04.jpg

スウェーデン最高裁は、トルコに引き渡せば政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるためだとしています。スウェーデンは伝統的に迫害から逃れて来た人々を難民として受け入れ、国内にはPKKの活動家を含めてクルド人がおよそ10万人暮らしている他、トルコ政府に批判的な文化人や活動家らが多数逃れています。ギュレン師の支持者というだけで引き渡すことはできず、クリステション首相は、「これまでやるといったことは全てやってきたが、トルコはできないことまで要求する」と要求を次々と増やすトルコに不満を示し、司法の判断を尊重するとしています。スウェーデンの通信社によれば、スウェーデン政府はケネシュ氏以外にトルコ政府がギュレン師の支持者だとして引き渡しを求めている4人の送還を拒んでいるということです。

Q.一方のトルコはなぜこれほど強硬なのでしょうか?

3つの理由が考えられます。1つは安全保障上の理由、2つ目は政治的な理由、そして3つ目が外交上の理由です。

i220118_06.jpg

まず安全保障に関しては、トルコ政府にとって治安上の最大の懸念がクルド人武装組織をはじめとする反体制派の活動であり、エルドアン大統領は、北欧の2か国がPKKや反体制派の活動家を受け入れていることを「テロ組織のゲストハウスのようなものだ」と述べています。おととい16日には「トルコ議会の批准を求めるのなら100人以上のテロリストを引き渡せ。さもないと批准しない」と最後通牒かのような厳しい発言をしました。

Q.2つめの政治的な理由とは何でしょうか?

ことし大統領選挙を控えていることです。エルドアン大統領にとってトルコ共和国建国100周年の今年、6月に予定されている大統領選挙での勝利が当面の最優先事項です。
首相、大統領として20年。トルコの発展をけん引してきたエルドアン氏ですが、
強権的な手腕への批判に加えて慢性的な財政赤字を抱えインフレも深刻で支持率が低迷。2019年にはイスタンブールやアンカラなど主要都市の市長選挙で与党が相次いで敗北し、ことしの大統領選挙も苦戦が予想されます。それだけに大統領は実績が必要です。強いリーダーとしてクルド問題でも厳しい姿勢を取り続けるものと見られます。

3つ目の外交上の理由はロシアへの配慮です。良好な関係にあるロシアが望まない北欧の2か国のNATO加盟をすんなりと受け入れるわけにはいかないのです。同時に関係がぎくしゃくしているアメリカから最新鋭戦闘機F35の開発計画への参加などの譲歩を引き出したい狙いもあると見られます。

Q.一方のスウェーデンはトルコの要求に譲歩を見せるでしょうか?

難民に寛容で迫害から逃れてきた人々を受け入れてきた北欧の国にとってNATO加盟のためとはいえ人権に反するような選択はできないでしょう。今月はじめスウェーデンの新聞社が行った世論調査でも加盟が遅れても法の支配を順守すべきと答えた人が79%に上り、圧倒的多数がトルコへの譲歩に反対の立場を示しました。また、クリステション首相が述べたようにスウェーデンはトルコのさまざまな要求に応えてきました。その一つがトルコの国名表記です。
トルコ政府は去年英語の国名を従来のターキーからトゥルキエに変更するよう各国に要請しスウェーデンはいち早く応じました。これもトルコへの配慮と見られます。

i220118_07.jpg

トルコ政府は公式には「トゥルキエがトルコの文化や価値観を最も良く表している」と説明していますが、七面鳥と同じターキーからブランドの刷新を狙ったとも言われます。トルコがターキーと呼ばれるのは、かつて七面鳥によく似たホロホロ鳥が北アフリカからトルコ経由でヨーロッパに輸入されたことに由来していますが、ターキーには「愚か者」という侮蔑的な意味もあります。ちなみにトルコでは七面鳥をヒンディと呼ぶそうです。インドの一部と信じられていたアメリカ大陸から七面鳥がやってきたからだともいわれています。NATOは去年変更、アメリカも今月、トルコの要請を受け入れて国名表記をトゥルキエに変更しました。

Q.NATOもトルコの要求には逆らえないのですね。

トルコは兵員数が65万人でNATOではアメリカに次ぐ規模です。ロシアと対峙する最前線に位置し、中東やアジアへの窓口でもある地政学的に重要な国です。ロシアとも良好な関係を保ち、ウクライナの戦闘をめぐって仲介役を務めるだけにトルコの機嫌をそこねるようなことはできないのです。

Q.では北欧2か国のNATO加盟はどうなるのでしょうか?

i220118_08.jpg

NATOに加盟する30か国のうち加盟議定書にまだ批准してないのはハンガリーとトルコの2か国です。ハンガリーは加盟支持を表明し近く議会で批准される見通しですので残るはトルコだけです。スウェーデンと一緒にNATO加盟を申請したフィンランドは、スウェーデン抜きに単独で加盟しないとしており、北欧2か国のNATO加盟はトルコの決断にかかっています。トルコとしてもNATO内での孤立を避けるためにも最後までNOを突き付けるのは得策ではありません。
大統領選挙までトルコの軟化は期待薄ですが、どこで手を打つのか、ウクライナの行方にもかかわるだけに今後の動きに目が離せません


この委員の記事一覧はこちら

二村 伸  専門解説委員

こちらもオススメ!