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強まる欧米の軍事支援~ウクライナ領土奪還の行方

津屋 尚  解説委員

年があらたまっても戦闘が続くウクライナ。年明けにロシアが一方的に休戦を宣言したあとも双方の攻撃はやみませんでした。こうした中、アメリカは過去最大規模の追加支援を発表。ドイツやフランスとともに、戦闘能力の高い軍用車両など、一歩踏み込んだ武器の供与を表明しました。ウクライナによる領土奪還はどのように進むのか。軍事に詳しい津屋尚解説委員とともに考えます。

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Q1.ウクライナの戦争は年を越してしまいましたが、アメリカが年明け早々、過去最大規模の軍事支援を発表しましたね?

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A1.金額にして約30億ドル、日本円で約4000億円。これまでで最大の追加支援です。アメリカの軍事支援の合計は約250億ドルと3兆円を超えています。今回の追加支援にあたってバイデン大統領は、「戦争は重要な局面を迎えている」と述べました。また国防総省のクーパー国防次官補代理は「戦場での力学を変える好機だ」と強調していました。
供与される兵器のリストを見ると、確かに“一歩踏み込んだ”中身になっています。

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特に注目されるのは、▽「M2ブラッドレー歩兵戦闘車」と▽「155ミリ自走式りゅう弾砲」です。これらは「戦車」ではありませんが、高い攻撃力と機動力を備えています。私は米陸軍のブラッドレーの部隊を大規模な軍事演習で取材したことがあるのですが、ブラッドレーは、歩兵を輸送できるだけでなく、機関砲や対戦車ミサイルなども備えていて、相手の戦車砲の射程圏外から戦車を撃破することもできます。また「自走式のりゅう弾砲」は、数十キロ先の標的を砲撃できる強力な兵器です。

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そして、このアメリカと足並みを合わせるように、ドイツが「マルダー歩兵戦闘車」を、フランスも「AMX-10軽戦車」の供与を発表しました。

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Q2.「戦争は重要な局面を迎えている」というバイデン大統領の発言を津屋さんはどうとらえていますか?

A2.ウクライナ軍が領土の奪還を加速していけるという感触をアメリカとして持ったということだと思います。「領土の奪還」というのは、相手を単に攻撃で無力化するだけでなく、その土地に一定規模の地上部隊が展開してエリアを面でおさえる。つまり、物理的にそのエリアをウクライナ側が持続的に支配する状態を作り出すことが必要です。それを実現する上で供与される戦闘車両は効果があると言えます。

Q3.ウクライナ政府はアメリカに主力戦車のエイブラムスの供与を求めてきましたが、今回の供与リストには入りませんでした。これはロシアを刺激し過ぎないためということでしょうか?

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A3.その点について国防総省の高官は、「エイブラムスは燃費が非常に悪く、メインテナンスの面で現実的な選択肢ではない」と説明しています。つまり、ロシアを刺激し過ぎないためというより、変化する戦況を見極めて、供与する兵器とそのタイミングを判断しているということのようです。アメリカやNATO諸国による兵器の供与をみると、これまでも戦況に応じてその中身が変化してきています。

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例えば、▽軍事侵攻開始直後は、ロシア軍戦車の進撃を食い止めるため「対戦車ミサイル」を多く供与しました。それに成功した後は、ロシア軍の戦力を削ぐ目的で、ハイマースなどの「長射程の精密な火力」を供与して、ウクライナ軍は最前線から遠く離れた弾薬庫などを集中的に破壊しました。▽最近は、ミサイルやドローンによるインフラ攻撃が相次いでいるのを受けて、防空能力を強化するために「対空ミサイル」を重点的に供与しています。▽そして今回、より攻撃性の高い戦闘車両の供与に踏み切ったわけです。いまや「ロシアを刺激し過ぎないために戦車の供与は控える」という段階は過ぎていると思います。

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事実、アメリカやNATO加盟国から供与された旧ソビエト製の戦車がすでに戦場に投入されていますし、ポーランドはいま、ドイツ製の主力戦車「レオパルト2」の供与を検討しています。また、イギリスも自国の「チャレンジャー2」の供与を検討していると報道が出ています。EUのフォンデアライエン委員長は10日、主力戦車の提供について記者会見で問われ、「ウクライナは自国の防衛に必要なあらゆる装備を受け取るべきだ」と述べました。今後、NATOの主力戦車が供与される可能性は十分にあるでしょう。

Q4.現地は厳しい冬を迎えているが今後の戦況はどうなりそうですか?

A4.ウクライナとしては、ロシアに戦力を回復する暇(いとま)を与えずに、領土の奪還を進めたいところだろう。東部のドネツク州などで激しい戦闘が続いていてロシアが一部で攻勢に出てはいるものの、全体として見れば、いまのロシア軍が戦局を大きく変えるのは難しいと思います。冬の戦闘でより厳しいのはロシア側の兵士かもしれません。もともとロシア兵は戦う士気が低い上に、兵士たちが着用する戦闘服を比較しても、ウクライナ軍にはNATOから最新の防寒用装備が提供されているのに対して、ロシアの動員兵たちは戦地に送られる際、十分な防寒具を支給されず自ら調達しなければならないといった報道も出ています。

Q5.今の戦況はウクライナ軍が引き続き戦いの主導権を握っているということでしょうか?

A5.そう思います。ウクライナ軍は、11月に南部の要衝ヘルソンを奪還して以来、大きな前進はないので、戦闘は膠着しているように見えますが、ウクライナ軍が次の作戦に備えて戦力を温存し、一気に攻勢に出るタイミングを計っていると見方もあります。

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アメリカABCテレビによると、ウクライナ国防省の情報部門のトップ、情報総局のブダノフ局長が「戦闘は3月に最も激しくなるだろう。ウクライナは春に大規模攻撃を計画している」とインタビューで述べたということです。作戦の時期については、相手の出方次第で変わる可能性があるので、この発言の通りになるとは限りませんが、ウクライナがドンバス地域やクリミアを含めて近い将来の領土の奪還作戦を具体的に計画していることをうかがわせています。供与する歩兵戦闘車などの訓練は2カ月ほどかかるので3月から春ごろに大規模な作戦に出るというのは理にかなっているかもしれないし、もっと早くに始まるかも知れません。

Q6.一方のロシアはどう出るでしょうか?

A6.去年招集された。予備役30万人のうち残る15万人の訓練が2月頃に終わるとみられているので、それにあわせてロシアが大規模な攻撃に出るのではとの観測も伝えられてはいます。プーチン大統領にとっては、首都キーウの陥落に失敗した後、東部のドンバス地域を確保することが現在の戦争目標です。そこでドネツク州の完全掌握を目指して、民間軍事会社ワグネルの戦闘員を含めて、多くの兵力を投入しています。しかし、年明けの1日、中心都市ドネツク近郊で600人ものロシア兵がいたとされる兵舎が破壊されて大勢の死傷者が出ました。プーチン政権にとって政治的にも軍事的にも大きな痛手です。
ウクライナ軍の戦力は、欧米からの軍事支援でどんどん強化されているのに対して、兵力の補充に苦慮するロシアが軍事的に勝利する可能性は客観的に見て低いと思います。そうした中でも、プーチン大統領が軍事侵攻をやめない限り、戦闘は続き、ウクライナはロシア軍を自国領土から追い出すまで戦わざるをえないのが現実です。そのウクライナを国際社会がどう支援していくか、引き続き問われることになるでしょう。


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