厳しい冬の季節に入ったウクライナ。ロシア軍はインフラを狙った攻撃を継続しています。ウクライナ各地で電気や暖房が止まり、市民は寒さに耐えながら暗闇の中での生活を強いられています。こうした中、先週、ロシア領内にある複数の空軍基地などが攻撃されました。戦争は新たな局面を迎えるのか考えます。
Q1.ロシア国内の複数の基地が攻撃されたのは、非常に大きな動きのように思いますが、どうみていますか?
A1.地図を見ながら説明します。攻撃受けたのは、2か所の空軍基地と石油貯蔵施設のあわせて3か所。このうちエンゲルス空軍基地はウクライナ国境から600キロも離れてますし、リャザンの空軍基地はモスクワから200キロしか離れていません。ウクライナ政府は公式には認めていませんが、攻撃したのはウクライナであることは間違いないでしょう。使われたのはソビエト時代の無人機とみられています。
攻撃を受けた空軍基地は、ウクライナ国内のインフラ攻撃を行う爆撃機の出撃拠点とされ、ウクライナとしては、「自衛の手段」としてロシア領内の基地を攻撃した形です。日本国内でいま、敵のミサイル発射基地をたたく「反撃能力」が議論されていますが、今回の攻撃は、それに似た考え方です。
Q2.NATOは、ロシア領内を攻撃しないように、供与する兵器に制限をつけていますが、最大の支援国のアメリカはこの攻撃をどう見ているのでしょうか?
A2.オースティン国防長官は「ウクライナが自国の能力を高めることは妨げない」と述べています。ロシア領内への攻撃にアメリカが供与した兵器が使われたとなるとロシアとの直接衝突にエスカレートする恐れもありますが、今回はウクライナが自国の兵器で行ったもの。「自衛のための攻撃」は黙認するという立場です。
Q3.ロシア領内の基地が攻撃されたことで新たな局面に入るのではとの声もありますね?
A3.その可能性は否定はできません。ロシアにとっては、大きなショックだったことは間違いありません。特にエンゲルス空軍基地は、核戦力の一部を担う非常に重要な基地です。にもかかわらず、無人機の侵入を許し、攻撃を防げなかったことで防空能力の低さが露呈しました。
ロシア軍はいま防空態勢の見直しを急いでいることでしょう。公式には明らかにされていませんが、ウクライナはこれまでも、ロシア領内やクリミア半島で様々な特殊作戦を行っています。8月にクリミア半島の複数のロシア軍基地で起きた爆発や、10月のクリミア大橋の爆破などは、ウクライナの特殊部隊による作戦とみられています。今回もそうした特殊作戦の一つである可能性が高いと思います。今回の攻撃でロシアは2機の長距離爆撃機が損傷したと発表していますが、それ以上の損害が出ている可能性もあります。ロシアのミサイルはすでに多くが消費され、生産もできなくなっていますが、今回の攻撃でさらに打撃を受けました。プーチン大統領としては、何らかの反撃をして「報復」をアピールしたいところでしょうが、それを実行する兵器が十分あるかは疑問です。
Q4.現地の戦況は、ウクライナがいぜん主導権を握っているとみていいのですか?
A4.全体としては、ウクライナの優勢は変わっていません。
ロシアがいぜん占領しているエリアとウクライナ軍が領土を奪還したエリアは地図の通りです。先月、ウクライナ軍が南部の要衝ヘルソンを奪還するという大きな動きがありましたが、その後は、このエリアに大きな変化はありません。いまは東部と南部で激しい戦闘が続いています。
このうち、私が注目しているのが、南部での戦闘です。
ヘルソンを奪還しドニプロ川(ドニエプル川)まで到達したウクライナ軍が、対岸にどうやって渡り、ヘルソン州全域を奪還するかという点です。その方法は大きくわけて3つあります。
▽一つは、正面から川を渡る方法。距離的には最も近いですが渡河の際、砲撃を受けやすく危険を伴います。▽そこで、危険な渡河作戦を回避して、東から陸路で進軍し攻め入るやり方もあります。▽3つ目は、西にある半島からの上陸です。この準備ともとれるウクライナ軍の動きも出ています。これらのどの方法をとるのか、あるいは組み合わせて行うのかわかりませんが、その作戦の成否は、クリミアの奪還作戦にもつながるだけに非常に重要です。
Q5.ウクライナはすでに厳しい冬を迎えていますが、戦いはどうなりそうですか?
A5.ウクライナが直面する戦いは2つあります。「ロシア軍との戦闘」と「冬の寒さとの戦い」です。
「冬の寒さとの戦い」とは何か。ロシア軍は、最前線で苦戦が続く中、ウクライナ軍との直接戦闘よりも、市民を標的にして戦争犯罪ともいえる攻撃を続けてきました。そして、厳しい冬を前に各地の発電所などエネルギー関連施設を次々に破壊してきました。その結果、電気や暖房が止まり、ウクライナ国民は寒さと暗闇の中での生活を強いられています。ロシアはまさに冬の寒さを「武器」にしています。市民を苦しめることで厭戦気分を煽り、ウクライナ側の戦意をくじく狙いです。
Q6.もう一方の「ロシア軍との戦闘」ですが、ウクライナ側は冬の間も反撃を強めていく方針のようだが、うまくいきそうでしょうか?
A6.これについては、アメリカ国内で異なる主張が出ています。
アメリカ情報機関のトップ、ヘインズ国家情報長官は「戦闘が進展するスピードが遅い状況が今後数カ月続くだろう」と発言し、両軍とも春に向けて態勢を整えるため“戦闘は停滞する”との見方を示しました。
一方、シンクタンクの戦争研究所は、「冬は地面が凍って車両の移動が容易になる」として
“作戦は加速する”との分析を発表しました。ロシア軍が態勢を立て直す前に攻勢を強めるべきだという主張です。
これら相反する主張をどうみるか。私は、両方とも間違っていないと思います。つまり、戦争研究所が指摘する通り、地面が凍って固まれば、泥沼のような足場の悪さは解消されて、戦車などの重装備の車両は機動力が増して進撃しやすくなります。また、ミサイルなどの飛び道具も気温の影響は受けないので攻撃の継続は可能です。
一方、歩兵にとっては、寒さの中で手がかじかんで銃など武器の扱いや修理も難しくなるので、
ヘインズ長官が言うように、結果として戦闘のペースが遅くなる部分も出てくるでしょう。
確かなことは、冬の間も激しい戦闘は続くということ。そして、ロシア軍が戦力を回復する前にどれだけ領土を奪還できるかが鍵だということです。
Q7.そのロシアは、ミサイルなどの武器の不足をイランや北朝鮮からの輸入で補おうとしているようですね?
A7.特にイランからは、自爆型無人機をこれまでも大量に入手し、ウクライナのインフラ攻撃などに使ってきました。イギリス国防省によると、ロシアは機微な軍事技術をイランに渡す見返りに、数百発もの弾道ミサイルを入手しようとしています。それが現実のものになれば、ウクライナの市民を標的にした攻撃が増し、さらに多くの犠牲者が出かねません。ただ、そうした攻撃が行われても、ロシアが戦局を逆転する可能性は極めて低いというのが多くの専門家の見方です。それでもプーチン大統領に軍事侵攻をやめる気配はなく、さらに国際法違反の破壊行為が続く可能性が残念ながら高い。ウクライナが厳しい冬を乗り越えるためには、国際社会からの支援もいっそう重要になってくるでしょう。
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