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北朝鮮 キム総書記の娘が登場した背景には何が?

池畑 修平  解説委員

かつてない頻度で北朝鮮がミサイルの発射を繰り返すなか、11月にはキム・ジョンウン(金正恩)総書記が娘を連れて弾道ミサイルの発射に立ち会いました。
この動きの背後にどういう思惑があるのか、池畑解説委員と見ていきます。

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Q1)
ミサイル発射にキム総書記の娘が登場したのには驚きました。

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A1)
北朝鮮の人たちも驚いたと思いますよ。
11月18日、キム総書記がICBM「火星17号」の発射実験に立ち会った際、娘を連れてきて、その様子が公開されました。
北朝鮮国営メディアは、この少女についてキム総書記の「愛する娘」としか伝えていません。

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しかし、韓国の情報機関は、キム総書記とリ・ソルジュ(李雪主)夫人の第2子、「キム・ジュエ」さんだと判断しています。

Q2)
まだ幼い娘を、なぜ公開したのでしょうか?

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A2)
まず誰しも頭をよぎるのは、「キム総書記の後継者か?」という考えですよね。
アメリカ本土まで届くとするICBMという、北朝鮮が極めて重視する兵器の前に登場したのですから、後継者説が出るのも無理はありません。
今の時点で、それを完全に打ち消す根拠はないのですが、韓国側では否定的な見方が有力です。

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なぜなら、キム総書記とリ・ソルジュ夫人の間には3人の子どもがいて、第一子は男の子だとみられているためです。
北朝鮮は儒教の伝統が色濃く、男性が優位な社会であることから考えて、後継者はその長男であろう、というわけです。

Q3)
娘は後継者でない、とすると、ICBMの前で公開したのはどういう意図からでしょうか?

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A3)
この写真で見てみましょう。
中央にキム総書記とキム・ジュエさんですね。
これを絵画に例えるなら、あるメッセージが込められた絵画、寓意画のようなものだと解釈すれば分かりやすいと思います。

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キム総書記が、まだ幼い娘と一緒にICBMの発射に立ち会うという構図は、核を搭載できるICBMが敵対勢力、つまりはアメリカから、現在の自分たちを守るのはもちろん、次の世代をも守ることになるのだという寓意ではないか、というわけです。
これまでも、北朝鮮は核・ミサイルの意義について「国を守る宝剣」などと表してきました。
そうした考え方を、ビジュアル的にアピールしたのかもしれません。

Q4)
そうしたメッセージが込められているのだとして、北朝鮮の人々はそれに納得して、核やミサイルの開発を支持していくものなのでしょうか。

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A4)
そこは微妙ですね。
ただ、おそらく、キム総書記や、国民に対する宣伝扇動を担当しているとされる妹のキム・ヨジョン(金与正)氏らとしては、自分たちのいわば王朝を安定的に継続させるためにはオープンな姿を示した方がいいと考えているのではないでしょうかね。
キム総書記の父、キム・ジョンイル総書記は公の場で殆ど演説をしませんでしたし、妻と一緒にカメラの前に登場することもありませんでした。
神秘的なイメージを醸しだそうとしたとされています。

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これに対して、キム・ジョンウン総書記は、積極的にリ・ソルジュ夫人と一緒に行動する様子を公開してきました。
しかも、以前では考えられなかったほど、敵対しているアメリカなどの文化に寛容な姿勢も見せてきました。
初めてリ・ソルジュ夫人の姿が国営メディアで伝えられたコンサートでは、演奏された曲目に、なんとディズニーアニメのテーマ曲も含まれていました。

Q5)
アメリカに敵対する中で、自己矛盾しているように感じるのですが。

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A5)
時代の変化があるのでしょうね。
かつては、北朝鮮当局が外国からの情報を遮断して、国民に対して「自分たちの国は地上の楽園だ」といったプロパガンダを流布して思想を統制することも可能でした。
しかし、近年は中国を経由して韓国の音楽やドラマが収録されたUSBがどんどん北朝鮮に流入しています。
また、外貨稼ぎのために外国に派遣される労働者によっても、外国の情報は北朝鮮国内にもたらされるようになりました。
そもそも、キム総書記とヨジョン氏も、子供の頃、スイスに留学してヨーロッパの生活を体験しています。
世界の現実を知っていて、しかも以前のような情報統制も難しい以上、もう隠し事は減らして、アメリカなどの娯楽情報にも国民がある程度は触れるようにしたほうが、王朝への不満や疑問を抑える効果があると考えているのかもしれません。
もう一つだけ、そうしたオープンな姿勢といえそうな動きを紹介しましょう。
熱戦が続くサッカーのワールドカップですが、実は北朝鮮の国営テレビでも、数日遅れではありますが、一部の試合は放送されています。
しかも、それには、アメリカ、そして日本が勝利を挙げた試合も含まれているのです。
国営メディアが毎日のように日米に罵詈雑言を浴びせているのを考えると、意外ですよね。
ワールドカップに関しては、1966年のイングランド大会で北朝鮮はベスト8まで勝ち進んだという歴史があって、今もサッカーは最も人気のスポーツです。
なので、とりわけ、情報は隠さない方がいいと指導部は考えているのかもしれません。

Q6)
北朝鮮のミサイルに話を戻しましょうか。
ことし、かつてないペースでミサイルを発射し、日本列島を飛び越えもしました。
この軍事的な挑発は、今後も続くのでしょうか?

A6)
アメリカのサッカーの試合は放送しても、政治的にはアメリカへの反発は変わっていないので、ミサイルの発射が続く可能性は高いでしょうね。
一つ、最近指摘される懸念として、北朝鮮はもはや核やミサイルをアメリカとの交渉カードにするのを放棄して、ひたすら軍事力の増強に邁進することを決めたのではないか、という見方があります。
実際、アメリカのバイデン政権は、繰り返し、北朝鮮との対話の扉は開いていると明言していますが、北朝鮮は一向に応じていません。
振り返ってみますと、2019年にベトナムのハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談が決裂した際、キム総書記の側近は「こうした結果になってしまい、総書記は非核化に関心を失うかもしれない」と発言していました。
それが現実になったのかもしれません。

Q7)
しかし、それでは、経済制裁が緩和されませんよね。

A7)
そのとおり。
ましてや、北朝鮮は、新型コロナウイルスの感染を防ごうと国境を長期間にわたって閉じたので、かなり深刻な経済難に直面しているという分析も出ています。
それでも、キム総書記がアメリカとの交渉に臨もうとしないで済むのはなぜか。
鍵は中国にありそうです。
中国に、外交的な後ろ盾になってもらうだけでなく、経済的にも完全に依存すると割り切ったのだとすれば、無理にアメリカと交渉しなくてもいい。
そうだと仮定すれば、北朝鮮が7回目となる核実験の準備を終えたとされながら実施に踏み切らない理由も説明できます。
ミサイル開発は黙認する中国指導部も、核実験には不快感を示してきたらです。
中朝関係も、北朝鮮のロイヤルファミリーと同様に実態がつかみにくいのですが、北朝鮮の出方を大きく左右する要素であることは間違いありません。


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