4年に1度のサッカーの祭典、ワールドカップ・カタール大会は、日本が初戦でドイツに勝利するなど熱い戦いが続いています。一方で、スタジアム建設などに携わった外国人労働者が多数命を落とすなど劣悪な労働環境が指摘され、出場チームの中には人権がないがしろにされていると批判の声をあげるところあります。今回大きくクローズアップされているスポーツと人権について考えます。
Q1.カタールの人権状況についてはこの番組でも取り上げてきましたが、とくにヨー
ロッパでは事態を重く見ているようですね。
中東初のワールドカップは、アルゼンチンやドイツ、ベルギーなどの強豪が相次いで初戦を落とすという波乱の大会となっていますが、同時に開催国やFIFAへの風当りが強くこれまでとは大きく様相が異なっています。
日本と対戦したドイツは、試合前の写真撮影で選手たちが口を手でふさぐポーズをとりました。キャプテンが腕につける腕章をめぐって差別に反対するものをFIFA・国際サッカー連盟に禁止されたため、「声を上げることを認めない」FIFAへの抗議の意味を込めた行動です。当初予定していた腕章は、あらゆる差別に反対し多様性の尊重を訴える意味をこめて「One Love」と書かれ、ドイツやオランダ、イングランドなどのキャプテンが着用することにしていました。ドイツ・サッカー連盟は、「人権は譲れない」としてFIFAが腕章の着用に制裁を科すと警告したことを問題視し、フェーザー内相もFIFAのインファンティーノ会長の横であえて「One Love」の腕章をつけて試合を観戦しました。
また、デンマークはユニホームを赤と白の2着に加えて建設現場で亡くなった労働者を追悼する黒のユニホームを新たに用意し、選手たちは抗議の意味を込めて家族をカタールに帯同しませんでした。オランダは代表チームの選手たちが17日現地の外国人労働者と交流を深め、大会後にはユニホームをオークションにかけて収益を労働者支援にあてることにしています。
Q2.ヨーロッパは人権問題への意識が高いですね。
▼フランスのパリやマルセイユ、それにスペインのバルセロナなどでパブリックビューイングが中止され、▼ドイツやベルギーでは一部のスポーツバーが試合の中継を取りやめました。サッカーはヨーロッパで最も人気のあるスポーツで、パブリックビューイングを相次いで中止するのは異例のことです。
24日にはヨーロッパ議会が、大会の開催準備の過程で多数の外国人労働者が死亡したほか、LGBTQの人たちの人権が守られていないとカタールを非難し、カタール当局に対して詳しい調査を行うとともに劣悪な状況のもとで死亡したすべての労働者の遺族への補償や性的指向による差別の禁止を求める決議を採択しました。
Q3.こうした批判にカタールはどう対処しているのでしょうか。
カタール政府は最低賃金制度の導入や雇用主の同意なしに転職を認めない制度を改めるなど労働条件を改善し、海外のサッカーファンには国籍や人種、宗教、性的指向に関係なくすべての人を歓迎するとして批判の払しょくにつとめてきました。一方で、搾取や強制労働の事実は否定し、タミム首長は「カタールへの批判は二重基準だ」と強い不満を表明しています。ヨーロッパの批判は「上から目線だ」、「イスラムへの偏見だ」といった声も聞かれます。ただ、賃金未払いなどの苦情はその後も相次いでおり、大会関係者による同性愛への批判的な発言が物議を醸すなど問題は沈静化していません。
Q4.欧州がこれほど人権問題にこだわるのはなぜでしょうか。
人権は民主主義とともにEUがもっとも重視する基本的な要素です。
ヨーロッパでは1950年代に世界に先立って人権条約が採択され、1993年に発効したEU条約では「人間の尊厳の尊重」と「少数派を含めた人権の保護」を基本原則としています。かつての戦争の反省に立ち、平和と安定のために人権を尊重することがEUに欠かせない条件であり、外交においても人権の保護が重視されています。人権侵害を見過すことはEUの規範に反し自らの価値観を否定することでもあります。
中でもドイツが人権に敏感なのは、ナチスドイツによるユダヤ人弾圧の過去を背負っているからです。ドイツの憲法にあたる基本法の第1条第1項は「人間の尊厳は不可侵である。人間の尊厳を重んじ、守ることはすべての国家権力の義務である」としています。ドイツでは幼い時から人権について学び、難民の受け入れに寛容なのもそうした背景があるからです。今回のワールドカップについても公共放送ARDの調査で56%の人が「全く見ない」と答え、その理由として人権問題をあげた人が41%に上っています。
Q5.FIFAにも批判の声が高まっていますね。
FIFAはカタールへの集中攻撃に反対し、サッカーに集中するよう各国代表に求めていますが、欧米の国々はFIFAにも問題があると批判的です。
そもそも国土が小さく灼熱の地で、リーグ戦を中断しての開催に当初から反対の声が上がっており、人権問題も懸念されていました。誘致にあたっては大規模な不正があったと伝えられFIFAの幹部らが収賄容疑で逮捕されました。数多くの問題が指摘されながら開催を決めた過程は不透明だと指摘されており、FIFAはそうした疑惑を解消し人権問題にも積極的に取り組むことが求められています。
Q6.スポーツに政治を持ち込むべきでないといわれますが、私たちも人権問題に無関心ではいられないですね。
人権をめぐっては今年の北京オリンピックでも開催国の中国に対して批判の声が上がり開会式に首脳が出席しないいわゆる外交的ボイコットも一部で見られました。今後も様々なスポーツで人権問題がクローズアップされることが予想されます。もちろん西側の価値観を一方的に押し付けるのではなく現地の宗教や文化を尊重すべきですが国際的なイベントを開催する以上少数派も含めて人権への最大限の配慮が必要です。同時に私たちスポーツを見る側も人権への意識をもっと高く持つことが求められてきます。沈黙するのは人権侵害に加担するのと同じだともいわれます。
日本も2030年の冬季オリンピック・パラリンピックの開催を札幌市がめざしており無関心ではいられません。「ドーハの悲劇」で知られるカタールの地で日本代表が活躍すると同時に、スポーツと人権のあり方を見直す契機となるよう期待したいと思います。
この委員の記事一覧はこちら