今月1日、イスラエル議会の選挙が行われ、ネタニヤフ元首相が率いる右派の野党「リクード」が第1党になり、「リクード」との連立を表明している極右政党が大きく躍進しました。自らの汚職問題で1年半前に政権を失ったネタニヤフ氏が、奇跡の返り咲きを果たすとともに、イスラエル史上、最も右派の連立政権が発足する見通しとなりました。
スタジオは、イスラエルに駐在経験もある出川展恒解説委員です。
Q1:
イスラエルは、短い期間に、何度も総選挙を繰り返していますね。
A1:
はい。世界各地から集まったユダヤ系の人々によって建国されたイスラエル。政治的主張、出身地、宗教に対する立場の違いなどから、小さな政党が乱立し、常に複数の政党の連立で政権がつくられてきました。近年、政治の対立と混迷が続き、過去3年半で、実に5度目の総選挙となったのです。有権者は繰り返される選挙にうんざりしていましたが、今回、投票率は、久しぶりに70%を超えました。
最大の焦点は、ネタニヤフ元首相が政権に返り咲くかどうかでした。通算で15年間も首相の座にあったネタニヤフ氏が、去年、退陣に追い込まれた背景には、自らの汚職問題と強引な政治運営がありました。ネタニヤフ氏は、収賄や背任など3つの罪で、現在、裁判中です。そして、去年6月、「反ネタニヤフ」の1点だけでまとまった8つの政党による連立政権が発足したのです。極右から、右派、中道、左派、さらに、アラブ系の政党まで参加した「寄り合い所帯」の政権で、当初から予想されていた通り、方向性の違いから内部分裂してしまいました。
開票結果を見てゆきましょう。イスラエルの議会は、1院制で定数120、選挙は比例代表制です。
▼ネタニヤフ氏が率いる右派の「リクード」が、32議席を獲得し、第1党になりました。
▼ラピド首相が率いる中道派の「イェシュアティド(未来がある)」が、24議席で第2党になりました。
▼今回大きく躍進したのが、極右の政党連合の「宗教シオニズム」です。前回の6議席から、今回は14議席に増やし、第3党となったのです。
▼続いて、中道右派の「国家団結」が12議席。
▼ユダヤ教の宗教政党の「シャス」(11)と「ユダヤ教連合」(7)が続きます。
▼世俗派の極右政党「イスラエルわが家」(6)。
▼さらに、アラブ系の2つの政党が、5議席ずつで並びました。(「ラアム」、「ハダシュ・タアル」)
▼そして、かつての政権与党で、中東和平を推進した「労働党」は、4議席にとどまりました。
この開票結果が意味するのは、ネタニヤフ氏の勝利です。自らが率いる「リクード」、連立への参加を表明している「宗教シオニズム」、および、2つの宗教政党の、合わせて4党の議席の合計は64議席となり、政権樹立に必要な過半数の61議席を上回ります(赤で示した政党がネタニヤフ氏の連立政権に参加すると見込まれます)。
これに対し、ラピド首相を支持する陣営は、合わせて51議席しかなく(青で示した部分です)、ラピド氏は、敗北を認めました。
ヘルツォグ大統領が、この開票結果から、連立政権を発足できると判断した首相候補を指名して、組閣するよう指示することになっています。今週中にネタニヤフ氏が指名されるのは確実です。
Q2:
汚職裁判中のネタニヤフ氏が、政権に返り咲くことになった要因は、何でしょうか。
A2:
イスラエル社会の右傾化が急速に進み、和平推進派の発言力が著しく弱まっていることがあります。パレスチナとの和平を推進した「労働党」が4議席しか獲得できず、和平推進を訴えてきた左派政党の「メレツ」が議席を失ったのは象徴的です。
1993年の「パレスチナ暫定自治合意」をもとに進められた和平交渉は、2000年に決裂し、それをきっかけに、パレスチナとの衝突や暴力の応酬が続いたことで、和平に反対する右派勢力が支持を拡げました。そして今回、極右の「宗教シオニズム」の大躍進です。ネタニヤフ氏は、極右勢力と連携するのが得策と判断し、選挙戦略を立てたと見られます。
汚職事件で裁判中のネタニヤフ氏に対しては、強い反発がある一方で、そのカリスマ性と政治経験、とくに経済の浮揚に期待する有権者も少なくなく、奇跡的とも言える復活となりました。
Q3:
今回、大きく躍進した極右の政党連合が気になりますね。
A3:
はい。2つの極右政党で構成されます。
国際法上は「占領地」であるヨルダン川西岸地区を、ユダヤ人が神から授かった「約束の土地」と信じ、そこに入植地を建設することを宗教的な義務と考える「宗教ナショナリズム」の思想で結ばれています。
この政党連合を率いるベングビール氏は、極端なユダヤ人至上主義の思想を持ち、国内に20%ほどいるアラブ系の住民に対し、「イスラエル国家に忠誠を誓わない限り、国外に追放すべきだ」と主張したり、非合法化されたユダヤ人過激派組織への支持を公言したりするなど、極めて過激な言動が物議をかもしています。今年に入り、イスラエルの軍や治安部隊とパレスチナ人の間で、衝突や暴力事件が相次いでいたことも、極右勢力が支持を伸ばす背景になったと見られます。
Q4:
ネタニヤフ氏が率いる新たな連立政権はいつ頃発足し、中東情勢、とくにパレスチナとの関係にどんな影響が出るでしょうか。
A4:
ネタニヤフ氏は、今週中に、大統領から首相候補の指名を受けたあと、連立を組む他の政党と、基本政策と閣僚ポストについて協議し、早ければ今月中に、遅くとも来月には、新政権を発足させると思います。そして、極右の「宗教シオニズム」も、主要閣僚のポストを得ると見られます。こうした極右勢力の参加により、イスラエル史上、最も右派、あるいは、タカ派的な政権が誕生すると見られ、今後、ユダヤ人入植地のさらなる拡大や、イスラエルへの一方的併合に踏み切る可能性も高く、暴力の連鎖が激しくなることが懸念されます。パレスチナとの和平交渉が再開される可能性は、ほぼ皆無で、中東和平プロセスが壊滅的なダメージを受けるおそれも指摘されます。
Q4:
国際社会も、そういう極端な政権とは、良好な関係を築きにくいですね。
A4:
はい。すでに、国内の反ネタニヤフの勢力だけでなく、アメリカの有力なユダヤ人団体からも、イスラエルの民主主義を揺るがしかねないという懸念の声が上がっています。民主主義や人権を重視するバイデン政権との間で、対立や緊張も起きる可能性が高いと思います。
核開発を進めるイランに対しても、これまでの政権以上に、軍事攻撃や暗殺作戦などのハードルが下がり、軍事的な緊張が高まることが予想されます。
そして、ネタニヤフ氏は、汚職裁判を抱えたままでの、首相返り咲きとなり、裁判の判決がいつ出され、どんな内容になるのかも、イスラエルの政治の不安定要素となって、今後の中東情勢を左右すると思います。
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