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習主席 党大会後も権威強化に余念なし

宮内 篤志  解説委員

先日の中国共産党大会を受け、異例の3期目に入った習近平国家主席。
最高指導部の人事では、「側近ばかりで周囲を固めた」と指摘されています。
その習主席は党大会閉幕後も、みずからの権威強化に余念がないようです。
背景について解説します。

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Q、
最高指導部「政治局常務委員」の人事どう受け止めましたか?

A、
一言でいうと露骨だと思いました。

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旧メンバー4人を一気に引退させたうえで、空いた枠に習主席の地方時代の部下など側近中の側近を加えたのですが、中立的な立場の1人を除いたうえで、再任されたメンバーも加えると、ほぼ「習近平派一色」となりました。
反対に、習主席と距離を置くとされてきた人たちは一掃されました。
李克強首相が引退となったうえ、一時は首相候補ともいわれていた胡春華副首相が、最高指導部の一歩手前の政治局委員から、その下の中央委員に格下げとなりました。
2人は前の国家主席の胡錦涛氏につながる一大勢力に属していましたが、その衰退ぶりが改めて浮き彫りになった形です。

Q、
その胡錦涛氏、党大会の最終日に途中で退席する様子が海外メディアで報じられ、様々な憶測を呼びましたが、これについてはどう考えますか?

A、
まず、問題の場面について、党大会最終日に新しい中央委員およそ200人の選出が行われるのですが、海外メディアの入場が認められたのは、その投票が終わった直後なんです。
今回の退席騒動は、そうしたタイミングで起きました。
まず考えられるのは、胡錦涛氏が不満を示したという説です。
海外メディアが入ったばかりのタイミングだっただけに、投票結果に納得がいかなかった、つまり自らに近い李克強首相や胡春華副首相が冷遇されたことへの不満をあえて見せようとしたという説で、一理あると思います。
胡錦涛氏が実際に不満だったかどうかについての明確な証拠は、これまでのところ出ていませんが、もしそうだった場合、退席する形でしか不満を示すことができないほど、習主席の力が強かったともとらえることができます。
もう1つ考えられるのは、胡錦涛氏の健康不安説です。
胡錦涛氏が何度も手を伸ばした赤い表紙の書類は、映像の分析から、中央委員などの投票結果とみられますが、隣に座る栗戦書・全人代委員長に書類をとり上げられたり、習主席の書類にも手を伸ばしたりする様子がとらえられていました。
そうした不自然な動きから、胡錦涛氏が、何らかの持病を抱えているのではないかという可能性が伝えられています。
さらに、習主席が係員を呼んで何かを指示している場面では、やや動揺したような様子も読み取ることができ、胡錦涛氏の態度が想定外だった可能性があります。
いずれにしましても、習主席としては、胡錦涛氏をはじめ引退した幹部にも、出席してもらうことで、今回の人事が「お墨付きを得ている」とアピールしたかったはずです。
しかし、胡錦涛氏の退席がさまざまな憶測を呼んでしまったことで、冷や水を浴びせられた形になってしまいました。
それは誤算だったと思います。

Q、
党大会が閉幕して10日あまり経ちますが、習主席をめぐる動きは?

A、
いくつか興味深い動きがありました。
1つは、新指導部発足の翌日に配信された国営新華社通信の記事です。

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メンバー選出の経緯を説明した内容なんですが、その中には「一部の指導者は自発的に退任を申し出て、比較的若い人を昇格させた」とあります。
また、党や政府機関の重要ポストについても、安定が約束された「鉄の椅子」ではないとしたうえで、「年齢がふさわしくても、必ずしも再任されるとは限らない」という議論が党内であったことを明らかにしました。

Q、
この記事にはどういう意味がありますか?

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A、
これは、「68歳で指導部を引退しなければならない」という年齢制限に該当しないにも関わらず引退させられた李克強首相などを念頭に置いたものとみられます。
引退が強制的ではなく、あくまで自発的だったと念押しすることで、露骨な人事で党内がギクシャクしないよう、融和を演出する狙いがあったとみられます。
さらに別の動きとして、新しい最高指導部発足から4日後、習主席がメンバーを引き連れて「革命の聖地」とされる陝西省の延安を訪問したことが国営テレビなどで大々的に伝えられました。

Q、
延安訪問はどのような意味を持つのですか?

A、
延安は共産党が国民党の掃討作戦を逃れるため2年にわたって行った「長征」と呼ばれる大移動の最終的な到着地です。
毛沢東はここで党を立て直し、国共内戦に向けて力を蓄えました。
実はこの地域は、習主席の父親で、かつて副首相も務めた習仲勲氏の活動の根拠地でもあります。
さらに建国後、その父親が失脚した際、青年だった習主席が下放されていた場所でもあるんです。
私も2010年に習主席がかつて暮らしていた横穴式住居を取材したことがあるんですが、山肌を掘っただけの粗末な作りで、相当苦しい時期を過ごしていたのだなと実感しました。
この訪問で習主席は「私は延安地区で7年過ごし、労働した。私の父もここから出た」とわざわざ強調しています。
習主席としては、革命の聖地と自分とのゆかりを強調することで、3期目に入った政権の正統性を改めてアピールする狙いがあったとみられます。
習主席がみずからの権威強化に余念がないことをうかがわせる動きだと思います。

Q、
側近ばかりで固めた今回の人事が意味するものは?

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A、
「イエスマン」ばかり集めれば、忖度が横行し、仮に政策が誤ったとしても、誰も異を唱えなくなります。
それは、かつて絶大な権力を握った毛沢東の時代を思い起こさせます。

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毛沢東が文化大革命を発動し、中国社会が長い混乱に陥ったことへの反省として、中国共産党は集団指導体制を導入しました。
1人の指導者に権力が集中しすぎるのを防ぐことで、政治の安定を確保しようとしたんです。
しかし、今のような習主席へのかつてないほどの権力の集中は、こうした集団指導体制の形骸化を意味すると思います。

Q、
新しい指導部を発足させた習主席ですが、政策では今後どこに注目しますか?

A、
私は、習指導部が台湾に対する圧力をいっそう強めるのかどうかに注目しています。

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今回、軍の人事も行われたのですが、最高指導機関である「中央軍事委員会」の副主席に、台湾方面などを管轄する「東部戦区」の司令官が抜擢されました。
東部戦区はことし8月、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に反発して、大規模な軍事演習を行ったことで知られています。
軍のトップである中央軍事委員会主席は習主席ですから、そのすぐ下に、いわば右腕として、台湾を担当してきた軍幹部を抜擢したということです。
習主席は、台湾の対岸に位置する福建省で長年勤務した経験があり、レガシー、つまり政治的な業績としての台湾統一に強い意欲を抱いているという見方があります。

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ただ、習主席が台湾統一について、「決して武力行使は放棄しない」と強調し、さらに、まわりを忠実な側近ばかりで固める中、仮に武力行使に向けて動き始めた場合、それを止めることができるのかは、非常に重い課題だと思います。
こうしたことから、台湾をめぐる国際社会の警戒感がいっそう強まることは間違いなさそうです。


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