イギリスのトラス首相の辞任を受けて25日、スナク元財務相が新しい首相に就任しました。2か月足らずで3人目の首相就任という異例の事態で、政治への信頼を取り戻し経済を立て直すことができるか、新政権は難しいかじ取りを迫られそうです。スナク新政権の課題を考えます。
Q1.トラス首相の辞任表明からわずか5日で新しい首相が就任しましたね。
就任後演説したスナク氏は危機的な状況だけに笑顔はなく責任の重さを感じながら言葉を選んでいました。今回は政治空白を生まないためにも速やかに新しい党首を選ぶ必要がありました。
前回の党首選は8人が立候補し、議員投票で一人ずつふるい落とし最後に党員投票で決めるまで2か月かかりました。今回は立候補に必要な議員の推薦を前回の20人から100人にハードルを上げました。保守党議員は現在357人ですので立候補できるのは最大3人でした。結局ジョンソン元首相とモーダント下院院内総務が立候補を断念したためスナク氏が無投票で党首に選ばれ首相となりました。
Q2.ジョンソン元首相が立候補を見送ったのは意外でした。
ジョンソン氏は休暇先のカリブ海から急きょ帰国し再登板に意欲を見せていました。保守党内ではいぜん人気が高く、本人も立候補すれば勝てると思っていたのではないでしょうか。しかし、風は吹きませんでした。
23日立候補を断念する声明では、「立候補に必要な支持は得られており、首相官邸に戻る可能性は高かった」としながらも「今はその時期ではない」と述べ、党の団結を優先させる考えを強調しました。ジョンソン氏は102人の支持を取り付けたと述べていましたが、支持を表明した議員はその半分で、本当に100人の議員の推薦を取り付けたのか疑問視する声も聞かれます。モーダント氏に立候補を見送り自らを支持するよう要請したものの断られたという報道もあります。不祥事で身を引いてから2か月足らずでの復帰には批判的な声が上がっていただけに、仮に首相に復帰したとしても逆風は避けられなかったのではないでしょうか。再来年の総選挙で勝つには自分が必要だと自負しており当面は様子見で慎重に復帰のタイミングをうかがうものと見られます。
Q3.スナク新首相のもとで今の政治の混乱から脱することができるでしょうか。
スナク氏は冷静で頭脳明晰と言われ、コロナ禍での財務相としての手腕も高く評価され、党首選でも保守党下院議員の半数を超える193人の支持を得ました。その手腕に期待する声も多く聞かれます。
トラス氏が辞任に追い込まれたのは財源の裏付けもなしに大規模な減税政策を進めようとしたためです。財政悪化への懸念から市場が拒否反応を示し、富裕層と大企業への減税が金持ちや企業優先だと強い反発が起きたため、公約を次々と撤回するという一貫性のなさを露呈しました。スナク氏は財政規律を前面に打ち出しトラス氏が掲げた大型減税を柱とした成長戦略はおとぎ話だと批判していましたが、トラス氏の辞任でスナク氏の主張が正しかったことが裏付けられたかたちで、市場は好意的に受け止めています。
とはいえ保守党は迷走を続け、2か月足らずで3人目の首相が就任するのはまさに混乱の極みです。先ほどのBBCのリポートに合ったように、イギリスは記録的な物価高騰が続き、景気の後退も予想されるだけに経済の立て直しは容易なことではありません。
スナク氏は首相就任後の演説で「経済の安定と信頼が最重要課題だ」と述べました。
新型コロナやロシアのウクライナ侵攻によって落ち込んだ経済を立て直すことが急務であり、そのためにも党を1つにまとめ、安定した政権を築いて政治への信頼を取り戻すことが政権存続のカギです。ただ、保守党は一枚岩ではなくかじ取りは難しそうです。トラス氏のもとで7%まで落ち込んだ政権支持率をどれだけ上昇させることができるか注目したいと思います。
Q4.政党別の支持率でも野党・労働党が保守党に大差をつけてリードしていますね。
最新の世論調査では保守党は野党・労働党に40ポイント近い差をつけられています。労働党は政権奪還のチャンスと見ており、国民の信を問うために総選挙を直ちに行うよう求めています。保守党の相次ぐ党首交代により国民不在のまま首相がくるくると変わるのは健全ではなく出直すくらいの変革が必要です。
イギリスでは6年前EU離脱の是非を問う国民投票が行われて以来、国を二分する論争が続き、政治が混乱、経済も落ち込み将来像が見えない状況が続いてきました。その間保守党党首である4人の首相が任期半ばで辞任しました。国民投票でEU離脱となった責任をとり当時のキャメロン首相が辞任、後任のメイ氏は離脱をめぐる党内の混乱から辞任し、ジョンソン氏は不祥事により首相の座を失い、トラス氏はわずか45日で辞任表明しました。選挙ではなく政治の混乱や不祥事を理由とした首相の辞任は、国民の政治不信を助長し、国際社会におけるイギリスへの信頼を損なう結果となりました。サッチャー元首相のように困難な状況下で国を1つにまとめることのできるリーダーがいないこともイギリスの混乱と存在感の低下を招いていると思います。
Q5.トラス氏は尊敬するサッチャー元首相のような長期政権を築けませんでしたが何が違うのでしょうか。
サッチャー氏が首相になった当時は東西冷戦のさなかで、イギリスはフォークランド紛争を抱え、経済は「イギリス病」と呼ばれるほど長く低迷し、街を歩くと重苦しい空気に包まれていました。サッチャー氏はインフレに歯止めをかけるために金利を大幅に引き上げ、国営企業の民営化や規制緩和などを大胆に推し進めました。反発も大きかったのですが強い信念と批判にもひるまない一貫性があり、時代を読む力もありました。同じような困難の中登場したトラス氏は強気の語り口や服装がサッチャー氏に似ており、最初の数か月をうまく乗り切れば強いリーダーになっていたかもしれませんが、財政や経済の見通しを誤ったことは致命的で、サッチャー氏のような党員をひきつける資質はなかったのかもしれません。与党内がバラバラであまりに問題が多くリーダーシップを発揮できる環境にないともいえます。
Q6.イギリスの混乱はヨーロッパ、国際社会への影響も大きいですね。
イギリスはウクライナを積極的に支援し対ロシア制裁でも欧米諸国を引っ張ってきました。また中国との関係を見直し、去年「インド太平洋に関する協力戦略」を発表して日本などとの関係強化を進めてきました。また、EUとは今も離脱協定をめぐってぎくしゃくした関係にあり、連携を密にするためにも速やかな関係改善が求められています。イギリスの混乱が長引けばG7をはじめ欧米諸国の結束にも影響を及ぼしかねません。
スナク氏は、「ことばではなく行動によって国を団結させる」とも述べています。その決意通りイギリスを変えることができるかどうか国際社会の厳しい目が注がれています。
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