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追い詰められたロシア

津屋 尚  解説委員

ウクライナの反転攻勢で劣勢に立たされているロシア。先週、ウクライナ全土に大規模なミサイル攻撃を行ったのに続き、今週に入ってからはインフラを狙った攻撃を続けています。ロシア国内では30万人もの予備役招集が始まりましたが、戦況を逆転するのは困難との見方が支配的です。追い込まれたプーチン大統領が核を使用するのではないかとの懸念も消えていません。この戦争はどうなっていくのか、ロシア軍の現状と最新の戦況を読み解きます。

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■ロシアは何を狙ったのか
Q:追い詰められつつあるというロシアですが、ここに来て発電施設などインフラをターゲットにしているようです。ロシアにはどんな狙いがあるのでしょうか?

A:ひとつ言えることは、首都キーウを含め、戦闘の最前線から遠く離れた都市への攻撃は、戦況に直接影響を及ぼすものではないという点です。ロシアが苦戦を強いられている中で、人々が暮らす市街地やインフラ施設を破壊することで、ウクライナ国民の厭戦気分をあおり、戦意をくじく狙いがあるように思います。
また、今月10日と11日には、ウクライナ全土の都市に対する大規模なミサイル攻撃もありました。ロシアのクリミア支配の象徴ともされるクリミア大橋が破壊されたことへの報復だとロシアは主張していますが、この規模の攻撃を短期間で計画して実行するのは困難で、かなり前から準備していた可能性の方が高いと思います。この攻撃の狙いも、最前線の戦況を変えることよりも、同じくウクライナ国民の戦意をくじくことにあったのではないでしょうか。

■残り少ない精密誘導ミサイル
Q:プーチン大統領は14日の記者会見で、「現時点ではさらなる大規模なミサイル攻撃は必要ない」と発言しましたが、この発言をどうみますか?

A:「必要ない」のではなく、実際には、やりたくても「できない」ということではないでしょうか。ロシアの高性能ミサイルはわずかしか残っていないとNATOはみています。
ロシア軍の弾薬不足についてはこれまでも何度か指摘してきましたが、その後もこの問題はロシアにとって一層深刻になっています。経済制裁によって西側から半導体が調達できないため、精密誘導のミサイルが生産できないままです。作戦で消費すればするほど当然、在庫は減っていきます。今週に入ってからも首都キーウに対する空爆が続いていますが、ミサイルではなく、破壊力の小さい自爆型ドローンが多く使われています。ミサイルが足りないのでドローンに頼らざるを得なくなっていることを示しているようにみえます。

■“組織的な戦闘”は困難か
Q:ロシアの武器や弾薬の不足は引き続き深刻なようですが、ロシアが劣勢を覆すのは難しそうですね?

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A:ロシアとしては非常に苦しい状況だと思います。不足しているのはミサイルなどの「武器」だけでなく、「人」も足りていません。ロシア軍はウクライナに投入したおよそ20万人のうち半分がすでに死亡または負傷したと言われていて、戦闘能力は大きくそがれています。プーチン大統領は予備役30万人の招集に踏み切りましたが、動員令の発令後に数十万人ものロシア人男性が招集を逃れるため国外に脱出したとの報道もあります。一方、招集された兵士の多くは経験も浅く、訓練も、装備も不十分なまま戦地に送られている。命をかける大義も持てず、兵士の士気は低くならざるをえません。こうなると、戦力の立て直しは非常に困難で、ロシア軍は“組織的な戦闘”が難しくなっているとNATOは見ています。

■近づく“冬将軍”の季節 
Q:戦争は今後どうなっていくでしょうか?

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A:現地はこれから「冬将軍」ともいわれる厳しい冬が到来し、より過酷な環境での戦いになります。ウクライナ軍としては、本格的な冬を前に奪還を加速させたいところでしょう。
ゼレンスキー大統領は、「プーチン大統領とは交渉しない。全ての領土を奪還するまで戦う」と明言しています。ウクライナ軍は、東部と南部で闘いの主導権を握っていて、このうち南部では、要衝であるヘルソン州の州都ヘルソンを近く奪還する可能性も出てきました。
一方、プーチン大統領は、このまま何も達成せずに戦争をやめてしまえば自らの失敗を認めることにもなり、引くに引けない状況ではないでしょうか。
 
■ロシアの核使用はあるのか
Q:軍事侵攻は続けたいけれど打つ手がないとなれば、プーチン大統領は核を使いかねないのではないですか?

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A:核兵器使用の結果、ロシアがこうむる大きな不利益を考えれば、その可能性は決して高くはありませんが、排除はできません。ロシアの核ドクトリンは、核を使用する条件の一つとして、核攻撃を受けた場合だけでなく、「通常兵器を使った侵略行為によって国家存亡の危機に立たされた場合」も含めています。ロシアは、ウクライナ東部と南部の4つの州を一方的に併合しましたが、ウクライナ軍が行うこの地域の奪還作戦をロシアへの侵略とみなして核を使用するのではとの懸念が出ています。ただ、ロシアの核関連の部隊や施設を偵察衛星でつぶさに監視しているアメリカ軍によれば、ロシア側に核使用の兆候は確認されていません。
しかし、ひとつ気になることがこの後、予定されている。それは、ロシア軍の核運用部隊による大規模演習です。核を搭載できる弾道ミサイルの発射などが近く行われるとみられますが、これに付随して部隊や装備の動きがあっても、それが単なる訓練なのか、本物の準備なのか見分けにくくなり、誤解が生じやすくなるのです。
そしてもうひとつ。実はNATOの側も、核抑止力を確認するための大規模な演習を今週から開始しています。この演習は以前から行われてきた定例の演習ですが、B52戦略爆撃機やステルス戦闘機など数十機もの軍用機がヨーロッパに集結します。NATOとしては、プーチン大統領による核の脅しに屈したという誤ったメッセージをロシア側に与えないために、あえてこの時期に実施を決めたということのようです。NATOはわざわざ「演習はウクライナ情勢とは無関係で実弾も使わない」と発表して、ロシアの誤解を避けようとしていますが、核攻撃が可能な軍用機が多数、ヨーロッパに展開することで、緊張がさらに高まる可能性もあります。

■けん制強めるNATO、プーチンの判断は?
Q:プーチン大統領の核の脅しに対して、NATOからはロシアを強くけん制する発言も出ていますね?

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A:例えば、NATOのストルテンベルグ事務総長は「核を使えばロシアにとって深刻な結果をもたらすだろう」と発言。EUのボレル上級代表は「ロシアが核を使えば、通常兵器による反撃でロシアは全滅することになる」と極めて強い言葉で警告しています。ロシア軍はウクライナとの戦いですでに消耗しており、そこにNATO軍が直接介入する事態だけはなんとしても避けたいというのが本音だと考えられます。そこでNATO側は、「核を使えばNATOの直接介入を招くぞ」とけん制しているのです。
それに、ロシアが万一、核を使えば、国際的な孤立は一層決定的になりますし、そもそも核の使用によって戦況を逆転できるのかといえば、疑問符がつくと専門家は指摘しています。ロシアの核使用は得るものより失うものがはるかに大きいことは明らかです。プーチン氏がさらに追い詰められた状況で、ロシアの国益をこれ以上損なわない理性的な判断ができるかどうか、その答えを知るのはプーチンその人だけです。
また、核兵器だけでなく、化学兵器の使用も排除できません。大量破壊兵器が使われることなく軍事侵攻を終わらせられるかどうか、ウクライナはこれから非常に重要な冬を迎えることになります。

(津屋 尚 解説委員)


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