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イラン 女性のスカーフめぐるデモと核協議の行方は

出川 展恒  解説委員

イランでは、今月、スカーフのかぶり方が不適切だとして逮捕された女性が死亡し、これに抗議する民衆のデモが各地に広がっています。その影響はイランの核協議にも及ぶ可能性があります。

スタジオは、出川展恒(でがわ・のぶひさ)解説委員です。

Q1:
イランでの抗議デモは、すでに10日以上続いていますね。

A1:
はい。今月13日、首都テヘランを旅行中の22歳の女性、マフサ・アミニさんが、スカーフのかぶり方が不適切で、髪が大きくはみ出ているとして警察に逮捕されました。アミニさんは3日後、病院に運ばれ、急死しました。警察は、「心臓発作が原因」と説明しましたが、女性の家族は納得せず、取り調べ中に暴力を受けたことが原因だとして、警察や政府に抗議する民衆のデモが発生しました。デモは、アミニさんの出身地であるイラン西部のコルデスタン州や、首都テヘランなど全国各地に広がりました。治安部隊との衝突で、これまでに、少なくとも40人以上が犠牲になり、大勢のけが人と逮捕者が出ています。

Q2:
なぜ、抗議デモが全国に広がったのでしょうか。

A2:
イランでは、1979年の革命後、イスラム教シーア派の教えに基づく政教一致の体制を敷いています。女性は、公の場で、髪の毛や身体のラインが見えないよう、ヒジャブと呼ばれるスカーフや衣服で覆い隠すことが義務づけられています。そして、去年、穏健派のロウハニ前政権から、保守強硬派のライシ政権に交代すると、警察による取り締まりが厳しくなりました。
人々の間に、当局の横暴な取り締まりや自由の抑圧に対する怒りや不満が、充満していたこと。加えて、核開発問題をめぐるアメリカの経済制裁やウクライナ情勢の影響で、経済が著しく悪化し、人々が苦しんでいたことが、抗議デモが拡大した背景にあると考えられます。
現地からの映像を見ますと、女性たちが自らのスカーフに火をつけて抗議する場面や、警察の車両が放火される場面などが写っています。また、「独裁者に死を」という叫び声も聞かれます。これは、最高指導者ハメネイ師を指すと見られ、人々の抗議の矛先が、イスラム体制そのものに向けられている可能性もあります。
抗議の動きは、海外にも広がり、EU・ヨーロッパ連合は、「アミニさんの死は受け入れ難い」として、イランに対し、基本的人権の尊重を求める声明を出しました。アメリカのバイデン政権も、女性に対する迫害を理由に、イランに新たな制裁を発動しました。「核合意」を立て直すための間接協議への影響も心配されています。

Q3:
抗議デモは政権を揺るがす可能性もあるのでしょうか。

A3:
現時点では、わかりません。イランでは、2009年6月、大統領選挙に不正があったとして、民衆の大規模な抗議デモが起きたほか、2019年11月には、ガソリンの値上げに抗議するデモが起きました。さらに、去年7月には、水不足に抗議するデモも起きています。今回、女性のスカーフ着用をめぐるデモがこれほどまでに広がるとは、政権側は予想していなかったと思います。

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ライシ大統領は、女性の死因を究明するよう指示しましたが、国民を納得させる調査結果を出せるかどうかが注目されます。一方で、この政権は、デモの参加者を大勢逮捕し、SNSを遮断するなど、抗議行動を徹底的に抑え込む姿勢です。さらなる流血が起きれば、民衆の怒りに火がつき、体制を揺るがす事態に発展する可能性も排除できません。

Q4:
「核合意」への影響という話も出ましたが、核合意を立て直すためのイランとアメリカの間接協議は、今、どうなっていますか。

A4:
しばらく中断が続きましたが、先月4日、再開され、仲介役のEU=ヨーロッパ連合が、「最終妥結案」と呼ばれる提案を示しました。イラン、アメリカの双方とも、EUに回答を送りましたが、依然として、いくつか解決の難しい対立点が残っており、妥結する見通しは立っていません。

Q5:
具体的に、どんな問題で対立しているのでしょうか。

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A5:
主に3つあります。

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▼まず、イランの最高指導者直属の最精鋭部隊である「革命防衛隊」の扱いです。トランプ前政権は、革命防衛隊を「外国テロ組織」に指定し、イラン側は、その解除を強く要求しています。しかし、バイデン政権は、これを拒否しています。国内で反対論が強く、同盟国のイスラエルやサウジアラビアの理解も得られないからです。

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▼次に、イランとIAEA・国際原子力機関の対立です。IAEAは、イラン国内の未申告の施設で核物質が検出されたことについて、イランが説明責任を果たしていないとして非難しています。これに対し、イランは、核合意と関係のない、根拠のない主張だと反発しています。26日、IAEAのグロッシ事務局長が、イランのエスラミ原子力庁長官と3か月ぶりに協議しましたが、平行線のままでした。

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▼さらに、イランは、アメリカに対し、「二度と核合意から離脱しない保証」を要求しています。しかし、バイデン政権は、「将来の政権を縛る約束はできない」として、これを拒否しています。

ロウハニ前政権時代、イラン側の交渉責任者を務めた前の外務次官のアラグチ氏が先日、東京を訪れ、懇談する機会がありました。

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その際、アラグチ氏は、アメリカが「二度と合意から脱退しない」と誓約しなくても、イランと取り引きする外国企業の利益を守るための救済策、具体的には、3年あまりの時間的な猶予を与えれば、問題解決は可能だと述べました。

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そして、核合意の存続以外に選択肢はないとして、交渉による立て直しに期待を示しました。
ただ、客観的に見て、アメリカとイランの間接協議に残されている時間は少なくなってきたと思います。

Q6:
残されている時間が少なくなってきているとは、どういうことですか。

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A6:
イランは、アメリカの制裁への対抗措置として、濃縮度60%の高濃縮ウランを製造するなど、核合意から大幅に逸脱した行動をとっています。専門家の多くは、もし、イランがその気になれば、核兵器の製造も可能な技術水準に近づいている。たとえば、核兵器1個分の高濃縮ウランを入手するまでの時間は、すでに1か月を切り、2~3週間程度と見ています。
ここ数年、イスラエルによると見られるイランの核施設への破壊工作や、核科学者の暗殺が繰り返し起きているだけに、間接協議を無期限に続けることはできないと思います。
こうした中、イランは、ウクライナへの侵攻で国際的に孤立するロシアとの関係を強化しています。

Q7:
どのように強化しているのですか。

A7:
今月16日、中央アジアのウズベキスタンで、上海協力機構の首脳会議が開かれ、これまで、オブザーバーとして参加してきたイランが、正式加盟に向けた文書に調印しました。
前日の15日には、ライシ大統領が、ロシアのプーチン大統領と会談し、今後、両国が、政治、経済、科学など広い分野で、協力関係を強化してゆくことで一致しました。
そして、先週19日からは、テヘランで、大規模な商談会が行われ、ロシアから65の企業が、イランから650の企業が参加しました。イランとしては、核合意の立て直しの見通しが立たない中、ともにアメリカの厳しい経済制裁を受けるロシアとの関係を強化し、アメリカに対抗する考えと見られます。
見てきましたように、イランは内外ともに、大きな曲がり角を迎えています。指導者たちが、この状況をどうとらえ、どう行動するのかが、非常に注目されます。

(出川 展恒 解説委員)


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