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揺れる欧州 ウクライナ危機と政治不信

二村 伸  専門解説委員

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ロシアによるウクライナ侵攻と記録的なインフレに揺れるヨーロッパ。イギリスではジョンソン首相に代わってトラス氏が首相に就任。スウェーデンでは11日に行われた総選挙で右派勢力が過半数を制し、アンデション首相が辞意を表明。イタリアでは連立政権が崩壊し25日に総選挙が行われます。ヨーロッパで何が起きているのでしょうか。

Q1.ヨーロッパではロシアに対峙する一方で足もとが揺らぎかねない状況ですね。

もっとも大きな変化があったのがイギリスです。

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国民の人気が高くロシアに厳しい姿勢をとっていたジョンソン首相が不祥事によって辞任を迫られ、トラス氏が後任の首相に就任、その2日後にエリザベス女王が亡くなりました。7月の消費者物価指数が40年ぶりの高水準となり、とくに光熱費は3年前と比べて3倍に上昇、鉄道はじめ様々な部門でストライキが続き、女王を失った喪失感にも包まれ、いかに国をまとめていくか新政権は試練に立たされています。

Q2.イギリス以外の国も不安定要素が多いようですね。

イギリスの新政権発足の5日後、11日に行われたスウェーデンの総選挙では、与党の社会民主労働党が第1党の座を確保したものの、反移民を掲げるポピュリスト政党のスウェーデン民主党が第2党に躍進、第3党の穏健党などとあわせて右派勢力が過半数を制しました。去年11月に首相に就任したばかりのアンデション首相は辞意を表明し、政権が交代します。ただ、与野党の議席数の差が少ないため新政権は不安定になりそうです。

Q3.そこへイタリアの選挙というわけですね。

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イタリアはG7の一員で、EU第3の経済規模を持ちながらこれまで何度も経済・金融危機に陥りヨーロッパの不安定化の要因にもなってきました。去年2月経済学者でECB・ヨーロッパ中央銀行総裁もつとめ国内外で高い評価を得ていたマリオ・ドラギ首相のもと挙国一致内閣が発足しましたが、連立を組む3党から不信任を突き付けられ首相は辞任に追い込まれました。ロシアのウクライナ侵攻後エネルギー価格が上昇し、物価高騰への国民の不満が強まったことが背景にありますが、政権崩壊はロシアが絡んでいるともいわれます。

Q4.イタリアの選挙にロシアが関係しているのですか?

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同盟のサルビーニ党首や「フォルツァ・イタリア」を率いるベルルスコーニ元首相、それに五つ星運動の党首コンテ元首相はプーチン大統領に近く、ロシアに厳しい姿勢をとるドラギ首相を引きずり下ろした、ロシアが介入したと指摘する専門家もいます。ベルルスコーニはすでに85歳、何度も失脚しては復活するしたたかな政治家で、プーチン大統領との仲の良さは有名でした。

Q5.選挙の見通しは?

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戦後のイタリアで最も右寄りの政権が誕生する可能性が高いと見られています。
世論調査では野党の極右とも言われる「イタリアの同胞」が支持を伸ばし、8月には25%まで上昇し第1党になる勢いです。これに「同盟」と「フォルツァ・イタリア」の右派勢力をあわせると50%に迫ります。「イタリアの同胞」は物価高に苦しむ国民に対して家庭手当の支給などばらまき的な政策を打ち出し支持を伸ばしてきました。党首は女性のジョルジャ・メローニ氏で、15歳のときにファシスト政党「イタリア社会運動」に参加し、29歳で下院議員になり、ベルルスコーニ政権で閣僚をつとめた経験もあります。第二次世界大戦でナチス・ドイツに協力したムッソリーニの精神を受け継ぎ、フランスの極右政党「国民連合」のルペン党首に近いとも言われます。EUに懐疑的でかつてプーチン大統領を称賛したこともあるメローニ氏がイタリア初の女性首相になればどんな政権運営をするのか注目されます。

Q6.ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機や物価の高騰が右派が勢いを増す背景にあるのですね。

ヨーロッパでは新型コロナによって落ち込んだ経済の立て直しに取り組み始めた矢先にロシアのウクライナ侵攻が起きエネルギーや食料をはじめ物価が高騰し続け国民生活を圧迫しています。そうした国民の不満に乗じて政府を批判し移民の排斥やポピュリズム的な主張を繰り返す右派への支持が広がる傾向にあります。

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フランスでも6月の国民議会選挙でマクロン政権の与党が過半数割れとなり、重要法案がなかなか通過しない状況が続いています。ルペン党首率いる極右の「国民連合」と急進左派の「不服従のフランス」が支持を広げマクロン大統領の厳しい政権運営が続いています。

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また、ドイツはエネルギーをロシアに過度に依存してきたつけがまわり、この冬の天然ガスの供給が不安視されています。親ロシア政策をとってきた与党・社会民主党に加えて、ロシア依存からの脱却を怠ったとしてメルケル前首相への批判の声も上がっています。各国でウクライナ疲れともいえる状況が起き国民の不満を解消できないと極右、ポピュリスト政党の台頭が懸念されます。

Q7.そうなるとロシア包囲網が弱まりかねませんね。

その通りです。ロシアに対して各国が結束して取立ち向かわねばならないときに協調主義よりも自国第一主義を優先する政府が誕生すればロシアへの圧力が弱まりかねません。ロシア産のエネルギーの禁輸をめぐってもハンガリーなどロシアに近い政権が強く抵抗しEUの結束が揺らぐ事態となりました。ロシアはEUが一枚岩でないことを十分わかっており足元を見ているのです。すきを見せないように民主主義陣営の結束が試されています。

Q8.ではどうすれば良いのでしょうか。

ロシアのウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー危機や物価高騰に対する特効薬は今のところありませんが、これ以上現状を放置しないためには各国の協調が不可欠です。
ヨーロッパが結束してロシアに立ち向かうには、強いリーダーシップが必要ですが、今のヨーロッパにはメルケル前首相のような強い指導者は見あたらず現状ではロシアの侵略を止める力はありません。日本もウクライナ危機の影響は深刻で、ヨーロッパで起きていることは対岸の火事ではありません。物価の高騰など国民の不満を解消するために政府には国民の声に耳を傾け、ヨーロッパを教訓にして今以上に危機感を持って取り組んでほしいと思います。

(二村 伸 専門解説委員)


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