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ウクライナ軍 南部攻勢で戦局転換なるか

津屋 尚  解説委員

8月29日、ウクライナ軍が南部ヘルソン州で新たな作戦を発動。軍事侵攻の開始直後から半年にわたってロシアが掌握していた州都ヘルソンの奪還を目指しています。今後、戦局の大きな転換につながる可能性もあります。

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Q1:国際・安全保障担当の津屋解説委員です。
ウクライナ軍が南部で新たな作戦を開始し、攻勢が伝えられていますが、この作戦にはどのような意味があると思いますか?
A1:ゼレンスキー大統領が「南部を奪還せよ」と軍に命じたのが2か月前。それを実現するため本格的に動き出したのが今回の作戦です。大統領は作戦が発動された先月29日、国の内外に向けて演説を行っています。演説は、クリミア半島を含めて全ての地域の奪還が最終目標だと改めて強調するものでしたが、この中でロシア兵に向けて、次のように呼びかけました。

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「生き残りたければ、ロシアに逃げ帰れ。ロシアに帰るのが恐ろしければ、降伏せよ」
非常に強気な発言で、作戦への自信も感じられました。
 
Q2:今回の作戦が始まってから10日ほどたったが、うまく進んでいるのでしょうか?

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A2:ウクライナ政府は、作戦の詳しい情報はあえて明らかにしていませんが、ヘルソン郊外にロシア軍が敷いていた「第一防衛線」をウクライナ軍が突破したと伝えられていて、ゼレンスキー大統領も「複数の村をロシアから解放した」と宣言しています。ロシア軍の反撃も続いているので、決して簡単ではありませんが、この後も少しずつヘルソンに迫っていく狙いだと思われます。
そこで、まず押さえておきたいのは、ヘルソンの地理的な位置。特にドニプロ川(ドニエプル川)との位置関係です。ロシアの支配地域の多くはドニプロ川の南側にありますが、ヘルソンの市街地は反対の北側に位置します。このことが今回の作戦では重要な意味を持っています。

Q3:どういうことでしょう?

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A3:この川を渡る輸送ルートが破壊されれば、ヘルソンにいるロシア軍は孤立することになるのです。今回の作戦は29日に始まったと言ったが、実はその前から準備段階の作戦は始まっていて、遠距離から相手の勢力圏内を攻撃できるアメリカの「ハイマース」を使って、ロシア側の弾薬庫や指揮所、それに、ドニプロ川の大きな橋を攻撃して通行できなくした。また東に40キロほど離れた幹線道路の橋なども破壊しました。これらの橋は、ロシアが掌握するクリミア半島やウクライナ東部などからヘルソンに軍事物資を運ぶ重要な輸送ルートで、これらを分断することでヘルソンにいるロシア軍部隊を孤立させることができます。
さらに、クリミア半島で先月、航空基地や弾薬庫などであった爆発は、ウクライナ軍による攻撃と考えるのが妥当だと思いますが、そうだとすれば、これらの攻撃もヘルソン周辺にいるロシア軍部隊への補給を遮断する狙いがあったとの見方もできます。ロシア軍は弾薬庫と輸送ルートの両方が破壊されると弾薬不足に陥ります。ウクライナ軍は今回、こうした有利な条件をある程度整えた上で、ヘルソンでの作戦を開始したと考えられます。

Q4:ロシアが北朝鮮から大量の砲弾を調達しようとしているというニュースをお伝えしましたが、こうした砲弾をウクライナの戦地にどんどん送り込んでくることが考えられますね。
A4:ロシアがどれほど大量の弾薬を持っていたとしても、それをウクライナ国内でうまく移動させることができなければ意味がありません。運んだとして、その途中や保管している場所がハイマースなどの攻撃を受け、かなりの量が破壊されてしまう。ロシアは補給路の確保がうまくできず、前線で弾薬不足に陥っているという状況なのでしょう。

Q5:加えてロシアは「兵員の不足」も伝えられていますね?

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A5:ロシア軍はこの戦争ですでに万単位の戦死者を出していて、刑務所に服役中の者までも動員しなければならないほど、深刻な兵員不足に直面しています。さらに、ウクライナが南部で攻勢に出たことで、ロシア軍は東部のドンバス地方に集中させていた兵力を南部にも割かなければならなくなっています。また、ロシア兵の士気も低下がかねてから伝えられています。
こうした中、ロシア極東では、大規模軍事演習「ボストーク」が行われていて、きょうが最終日です。ウクライナの戦線には、この演習が行われている東部からも兵士が派遣され、数多くの戦死者が出ています。特に地上兵力については、こうした戦争が行われている中で
大掛かりな演習を行うこと自体、そもそも無理があると言わざるを得ませんが、前回4年前の参加人数は30万人だったが今回は5万人に激減しています。当初13か所でやるといっていたのが、演習開始の直前になって7か所に減りました。これは、演習に十分な兵力を集められなかったということではないでしょうか。今回の演習は、プーチン政権の”主張”と“現実”とのズレがより鮮明になり、兵力不足をかえって印象付けたように思います。

Q6:ウクライナ軍の作戦の成功にはNATOからの軍事支援が欠かせないと思いますが、冬を前に「支援疲れ」も指摘されます。その点はどうなのでしょうか?
A6:大きな要因です。特に、ロシアにエネルギーを依存してきたドイツでは、ロシアがガスの供給を止めたりして揺さぶりをかけています。エネルギー価格の値上がりで国民生活や企業活動への影響も大きく、国民に不安が広がっています。しかし、それでウクライナへの軍事支援がどうなったかを見ると、そこは緩むどころか、むしろ積極的になっていることがわかります。ドイツを含めNATO諸国は当初、ロシアとの戦争のリスクを恐れて、軍事支援に慎重でしたが、ロシアの出方を見ながら、徐々に強力な攻撃用の兵器を供与するようになっています。

Q7:NATO側が武器支援を強化し、ロシアを追い詰めていけば、プーチン大統領は核を使うかもしれないという懸念もあると思いますが?
A7:その可能性は確かに排除できませんが、NATOとしては、これまでのロシアの対応を観察した結果、むしろロシアの方がNATOを恐れていて、NATOとの衝突は望んでいないことがわかってきたということかもしれない。NATOが供与する武器はウクライナ国内を輸送されているが、ロシアは攻撃しない。ウクライナ周辺をNATOの軍用機が飛行しても手は出していない。というのも、万一、軍事衝突となった場合、通常戦力ではNATOには敵わないことをロシアはわかっているのです。かと言って核を使えばそれこそNATOの介入を招きかねない。すでに2兆円近い軍事支援をしているアメリカをはじめ、NATO諸国は、こうした状況を慎重に見極めつつ、今まで以上に軍事支援を強めていく可能性がでてきています。その中身次第では、戦況が大きくウクライナ優位に傾く可能性があります。また、供与する兵器のすべてが公表されているとも限りません。外からは見えないところで戦況が変化していくこともありえます。今回、ウクライナ軍の作戦が好転しているという情報は、冬を前に支援疲れも指摘される西側諸国を勇気づける効果もあるでしょう。ウクライナ軍がヘルソンの奪還に成功するのかどうか、情勢は重要な局面に入っているように思います。

(津屋 尚 解説委員)


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