ロシアの侵攻が始まってちょうど半年。戦闘によってウクライナの障害者はどのような影響を受けているのでしょうか。
【障害者の現状】
Q.障害のある人たちは長引く戦争のなかで特に厳しい状況にあると思いますが…。
A.ロシア軍が侵攻する前、ウクライナにはおよそ270万人の障害のある人が暮らしていました。その多くの人たちが生命の危機や生活を脅かされている状況にあります。
ウクライナの障害者団体の連合会、ウクライナ障害者国民会議で支援活動をしているラリーサ・バイダさんと4月からメールでお話を伺ってきました。バイダさんによると、どのくらい障害のある人が犠牲になっているかは統計がないので分からないといいます。
これは戦闘による犠牲だけではないそうです。例えば激しい戦闘が繰り広げられたマリウポリでは食料や水がなくなったことに加え、医薬品が不足し供給もされなかったため、持病のある障害者はただ死を待つだけになった人もいたといいます。
【障害者の抱える困難】
Q.ほかにはどのような困難に直面しているのでしょうか?
A.空襲警報が鳴っても避難することさえ難しいというのが現実です。その理由は障害によって様々です。例えば、空襲警報が鳴ると、アパートなどの高い建物のエレベーターは停止してしまうんだそうです。そうなると、車いすユーザーのような足に障害のある人は部屋から動けません。そのため自室の浴室や廊下を改造してシェルター代わりにしている人も少なくないということでした。もちろん街が破壊されてしまえば瓦礫が散らばっていたり、道がでこぼこになっていたりするので車いすユーザーは自力では逃げられません。
また、聴覚障害のある人は空襲警報が聞こえませんから逃げようにも分かりませんし、視覚障害のある人もどう逃げて良いか分かりません。
【知的障害のあるアレクセイさんと母・ライサさん】
Q.「死を待つだけ」。本当に深刻ですね。攻撃はいつどこで起きるか分かりませんから、障害のある人にとって逃げると言うことも簡単ではないと思うのですが。
A.知的障害のある人は空襲警報の意味が分かりませんから、なぜ避難しなければいけないのか理解させるのに時間がかかります。ほかにも自閉症があったりすると、状況が分からずパニックを起こしてしまうといった報告もあります。
こちらは、知的障害のある息子、アレクセイさんを持つライサさんです。現在ウクライナで180の知的障害者とその家族を支援している日本のNGO、AAR Japan「難民を助ける会」を通じて、書面で話を聞くことができました。
アレクセイさんはキーフのグループホームで暮らしていましたが、ロシアの侵攻が始まってすぐにグループホームが閉鎖されることになりました。そこでライサさんがアレクセイさんを引き取ることになりました。
アレクセイさんが抱えていた課題は、一人で家を抜け出してしまうこと。ロシア軍が侵攻してきた地域には地雷が埋められている地域もあるそうなんですが地雷のサインが分からず、その地域を歩いてしまったり、夜間外出禁止令が出ているときに警察の指示に従わなかったり…と、命の危険にさらされました。
【避難できない障害者】
Q.障害のある人の避難はどうなっているのでしょうか。
A.今月17日に国連で開かれた人権条約機関での報告によると、6月時点で国内避難をした障害のある人は14万3600人とのことでした。これは障害者全体の割合からするとおよそ6%で、ウクライナ国民の国内避難民の割合がおよそ16%なのに比べると半分以下です。
障害のある人にとって、生活拠点を移すというのはとても大変な作業です。安全な場所への避難は車か鉄道での移動しかありません。政府が後押しして、重度な障害のある人を避難させようとしていますが、家を離れる意思がない障害者が少なくないことが、バイダさんの団体が行ったネットのアンケート調査でも明らかになっています。
この調査では、「資金がない」「移転先の候補がない」のほか、「健康状態の悪化の懸念」や「障害者に必要な車両がない」といった回答もありました。
それから、AARはウクライナの南西部の都市チェルウツィーの政府と協力して、国内避難民が生活している大学の寮などの15の施設に物品などの援助をしているそうです。ただ、物資が少なくなって物価も高騰しているといいます。
もともと障害者年金は多くても月額1万4000円ほどしかないといいます。ウクライナの平均月収が4万円ほどですから、ただでさえ厳しい生活がより厳しくなっていることが分かります。
【オランダに避難したサーシャさんとセメン君】
Q.海外に避難するという方もいらっしゃるのでしょうか。
A.UNHCR=国連難民高等弁務官事務所は、障害のある人や特別なニーズが必要な人で国外に避難している人の数はおよそ165万人いると見ています。その多くが海外に親せきがいる、あるいは障害のある人を支援する団体と関係がある人が避難をしているようです。
私が取材したのはこちらのサーシャさん。母親と2歳の息子のセメン君とともに、ハルキウから普通の車両でオランダに避難してきました。夫とサーシャさんの父親は戒厳令に従ってウクライナに残っています。
セメン君は腎臓の病気で手術をしており、毎年健康診断が必要です。ロシアはこども病院も空爆していたので、サーシャさんは夫と話し合い、セメン君の命を守るためにオランダに逃れることを決めたのです。
伝手となったのはオランダのNGO団体。サーシャさんは理学療法士で、この団体と関係がありました。
ハルキウからのオランダまで障害のある人たちとその介護者あわせておよそ40人で3泊4日。この旅行はかなりの強行軍で命を守るためとはいえセメン君には負担になり尿が出なくなりました。そして、食べものを食べられなくなり、水も飲めなくなったりしたそうです。
【一刻も早い撤退を】
Q.戦争が長引けば長引くほど、さらに状況は悪化することが考えられますね。
A.これは障害のある人に限りませんが、各国も支援をどこまで続けられるかは不透明です。戦争によって障害のある人が増えている事実もあります。さらに、戦争が終結したとしても破壊された街を復興するには時間がかかります。財源も不足していくなか、今まで通りの社会保障を得られるかを危惧する声もあります。戦争が終わったとしても戦前よりも、かなり厳しい生活を強いられる可能性は否定できません。
そうした人たちに私たちは、いま、そして未来にどのように、どのくらい支援ができるのか。まずは、一刻も早くロシアが撤退することを切に願います。
(竹内 哲哉 解説委員)
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