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ウクライナ侵攻5か月 消耗戦の行方

津屋 尚  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから5か月が過ぎました。互いに兵力をすり減らしながら戦う消耗戦が続いています。この戦争は今後どうなっていくのでしょうか。
国際情勢や安全保障問題を長く取材してきた津屋解説委員にききます。

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Q:軍事侵攻が始まって5か月、津屋さんはこれまでの戦況をどうみていますか?

A:2月に軍事侵攻が始まった直後は、軍事力の圧倒的な差からウクライナが短期間で制圧されるとの見方が専門家の間でも支配的でした。それを思うと、ウクライナがここまで持ちこたえてきたというのは驚くべきことだと思います。

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それを可能にしたのは、ロシアの侵略行為に対する「ウクライナ国民の強い抵抗の意思」、いわば命がけで首都に残り国民を鼓舞し続けたゼレンスキー大統領の存在も忘れてはならないと思います。そして何より、「NATO諸国からの強力な軍事支援」です。

いま現地では、激しい消耗戦が続いています。戦死者の正確な数はわかっていませんが、英米の情報機関は「双方ともに、少なく見積もって1万5000人」という分析を公表しています。ロシアにとってこの数は、ソビエトがかつてアフガニスタンに侵攻した9年間の戦死者数に匹敵します。それを早くも超えてしまっているのです。

Q:ウクライナにとってはNATOからの支援が鍵を握りますね。

A:そうだと思います。

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アメリカをはじめNATO諸国は直接戦闘には参加しないかわりに、高性能の兵器をウクライナに供与してきました。実は、兵器だけでなく、情報も重要な要素です。ウクライナ軍の参謀本部には、アメリカ軍やイギリス軍の要員が入って情報の提供や戦術面の助言をしたりしているとみられています。そこで、アメリカの偵察衛星や様々な軍用機が収集したロシア軍の位置情報などを提供して、ウクライナ軍はそれをもとにロシア軍を攻撃しています。特に威力を発揮しているのが、「HIMARS(ハイマース)」という自走式の多連装式ロケット砲です。ハイマースはおよそ70km先にある標的をピンポイントで攻撃することができます。最前線のはるか後方にあるロシア軍の弾薬庫などを破壊し、ロシア軍に大きな打撃を与えています。
最前線で実際に戦っているのはウクライナ軍ですが、形を変えた「NATOとロシアの戦い」という見方もできるかもしれません。

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地上戦の状況をあらわした地図を見てみましょう。ウクライナ東部から海沿いの南部につながる帯状の部分をロシアがずっと掌握していて、その境界付近で激しい戦闘が続いています。

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このうち東部はロシアが優勢だと言われてきたが、3か月前の地図と比較すると、ロシア側が掌握したエリアの形はそれほど大きくは変わっていません。ロシアが思うようには前進できていないことが想像できます。

Q:双方の戦い方にはどんな特徴があるのでしょうか?

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A:ウクライナが西側の精密兵器でいわば“一発必中”で仕留めるような攻撃をしているのに対して、ロシア軍は、砲弾やミサイルなどの火力を大量で圧倒しようとしています。ロシアが使う砲弾は冷戦時代に製造されたものが多いとみられていて、命中精度の低さを弾の数で補おうとしているという事だと思います。この背景には、経済制裁によって、高性能のミサイル用の半導体が入手できないという事情があって、精密誘導兵器が極度に不足しているようです。最近は「対艦ミサイル」や「対空ミサイル」を本来の目的とは違う地上攻撃に使っているのはそのためでしょう。
そして、もう一つ、忘れてはならない重要な点があります。

Q:それは何でしょう?

A:ロシア軍の攻撃によって、非常に多くの民間人が命を落としているという事実です。

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国連は、幼い子供を含む5000人以上の市民(7/24時点で5237人)が犠牲になったと発表しています。まだ確認がとれていない人もかなりいるので、実際にはこれよりはるかに多いとみられています。しかも、攻撃の「巻き添え」ではなく、市民そのものを標的にしたような攻撃も少なくない。例えば、3月には、数百人の市民が避難していたマリウポリの劇場が爆撃され、凡そ300人が死亡するというショッキングな出来事もありました。ロシア政府は民間人は標的にしていないと否定していますが、国際人権団体は「明確な戦争犯罪だ」と厳しく非難しています。ロシア軍は、市民を標的とする攻撃を繰り返すことで、「恐怖」を植え付け、ウクライナ国民の「抵抗の意思」をくじくことを狙っているのだと思います。

Q:現地からの報道をみると、東部だけなく南部でも攻防が激しくなってきたようですね。

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A:その通りです。ゼレンスキー大統領は、今月に入って、ロシアが掌握している南部の沿岸部を奪還するよう軍に命じ、すでに一部で攻撃が始まっています。南部は、東部に比べてロシア軍の戦力が手薄で黒海に面して戦略的にも重要なので、まずはここをおさえようという狙いです。ウクライナには最近、イギリスから、多連装式ロケットシステムの「M270」という非常に強力な兵器が届きました。この兵器はハイマースの2倍もの砲撃能力があります。ウクライナ軍はこれを南部の戦いに投入するのだと思います。これに対してロシアも南部での作戦を強化する動きをみせているので、南部での攻防は激化することが予想されます。

Q:ウクライナは形勢を逆転できそうですか?

A:それについては先週、イギリス情報機関のトップから興味深い発言がありました。
対外情報機関MI-6のムーア長官は「ロシア軍は失速寸前だ。今後数週間にわたりロシア軍は兵員や補給の不足に直面することになる。ウクライナに反転攻勢のチャンスが訪れるだろう」と述べました。情報機関の発言は情報戦の側面もあるので注意が必要ですが、ロシア軍はハイマースなどによる攻撃で弾薬庫などにかなりの損害を受けていることが伝えられているので、ウクライナに形勢が傾く可能性はあると思います。

Q:欧米からの兵器供与はウクライナ側の要求とはかなり開きがあると言われていますが、実際のところはどうなんでしょう?

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A:攻撃で成果を上げているハイマースを例にとれば、現地の部隊に供給されたのは、総延長1000キロにも達する長い戦線のうちの一部だけです。ウクライナ側は今の10倍ほしいといっているわけです。しかし、軍事支援を行う側には、ある種のジレンマがあるのです。

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ウクライナに強力な兵器を供与し過ぎてしまうと、ロシアを過度に刺激して、不要な戦火の拡大を招きかねない。また、最悪の場合、核兵器が使われかねないといった懸念もあるのです。欧米諸国が今後、ウクライナ側の要求を満たす大量の兵器を前線に一気に届けるかどうか、そして、この支援を最後まで継続できるかどうかが、今後の戦況の鍵になります。さらに、戦争が長引くと、戦死者や市民の犠牲者が増えていってしまう可能性が高くなりますが、そうした厳しい状況の中でも、ウクライナ国民が、侵略行為に対する強い抵抗の意思を保ち続けることができるかどうかも、ウクライナの将来を左右する重要な要素になると思います。

(津屋 尚 解説委員)


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