北朝鮮による新たな核実験の可能性が懸念されるなか、韓国社会では兵役をめぐる議論が高まっています。
池畑解説委員とみていきます。
Q1)
改めて兵役について関心が高まるきっかけとなったのは、BTSですね?
A1)
そうですね、世界的な人気を誇る韓国の男性アイドルグループ・BTSが、先月、グループとしての活動を中断すると発表して、世界を驚かせました。
以前から、「ARMY」と呼ばれる熱烈なファンたちの間では、最年長のJINさんの兵役・入隊期限が近づいていることでグループとしての活動がどうなるか注目されていました。
メンバーたちはこれからソロ活動に重点を置くということで、実際、ソロアルバムに関する発表も出ていますが、やはりファンの間では7人そろっての姿が当面は見られないのかと寂しさが広がっています。
メンバーたち自身は、グループとしての活動中断を発表した際、音楽のスタイルが変わったことへの戸惑いや、とにかく多忙なK-POPのシステムでは自分たちが「成熟する時間がない」といった要因を語って、兵役のことには全く触れませんでした。
ただ、私には、全く触れなかったことこそ、韓国社会で自分たちの兵役をめぐる議論が活発になっている状況に気を遣わざるを得ない表れだったのではないかと思われました。
Q2)
BTSが韓国という国のファンを世界で増やした功績を評価して、軍に入隊するのは免除すべきだという声も韓国では出ていますよね。
A2)
確かに、各種の世論調査をみますと、「BTSメンバーは入隊を免除すべき」という意見は多いようです。
韓国では、原則、18歳以上の男性は、18か月から21か月、軍隊に入らなければなりません。
入隊年齢の上限は28歳だったのですが、実は、BTSで最年長のJINさんの入隊期限が近づいていたおととし、兵役法が改正されました。
「国内外で韓国のイメージを大きく向上させたと政府が推薦するポップカルチャーのアーティスト」は、入隊を30歳まで延期できるとしたのです。
これは、BTSを強く意識した動きでした。
しかし、それから2年、再びJINさんの入隊期限が近づいてきたわけです。
こうした中、去年、BTSメンバーの入隊を免除してはどうかというさらなる法改正案が、韓国の国会に上程されました。
元々、オリンピックのメダリストや、「国際的なコンクール」で2位以内に入った芸術家などは入隊免除の対象となっていて、それに、BTSのようなアーティストも加えてはどうかというものです。
Q3)
その法改正に期待をかけるファンもいるでしょうが、反対の声もあるのですか?
A3)
韓国国防省などから強い反対論が出ています。
北朝鮮が核やミサイル開発を継続して韓国の安全保障環境は依然として厳しいのに、すでに近年、韓国では兵役期間の短縮などが実施されてきました。
国防力の維持という観点から、これ以上、兵役義務の例外を増やすべきではないという主張です。
ここでいう国防力の維持というのは、単純にBTSのメンバーの入隊を免除すると韓国軍の総兵力が7人少なくなる、という意味ではありません。
「国際舞台で大きな功績を挙げて軍隊に行かなくて済んだ」というケースが若者や子供たちにどう映るか、という問題提起です。
もともと、兵役は肉体的にも精神的にも厳しいだけに、韓国では有力者が不正な手段を使って息子の兵役逃れを画策するケースが後を絶ちません。
そうした土壌の上に、BTSをはじめとする特例での入隊免除が増えれば、「やはり兵役は可能ならば避けるべき負担でしかない」という考えが強まるので、国防力維持の観点から望ましくない、という意見です。
公平性という観点から、一切の例外も認めるべきでないという声もあります。
実は、BTSのファンたち「ARMY」の中にも、メンバーたちにはARMYに行ってほしい、つまり入隊してほしいという意見もあるようですよ。
Q4)
それはなぜなのですか?
A4)
韓国社会においては、兵役が厳しい日々であるからこそ、それを全うした男性は、周囲から「一人前になった」という目で見られるようになるという側面もあるのです。
反対に、有力者の息子の兵役逃れが発覚すると、激しいバッシングが起きます。
ですので、ファンからすれば、不正な兵役逃れではないにしても、賛否両論ある中で法律がまた改正されてBTSメンバーが入隊しないとなれば、「不公平だ」という批判にさらされて、これまで積み上げた栄光に傷がつくかもしれないという心配もぬぐえないので、むしろ全員軍隊に行ってもらいたい、という考え方です。
JINさんの入隊期限は、この年末です。
それまで韓国内での議論がどういう方向に進むか、気になりますね。
Q5)
BTSのグループとしての活動中断、改めて韓国が北朝鮮の軍事的脅威と対峙し続けている現実を見せつけたといえますね。
その北朝鮮、核実験を行うのではないかという観測があるわけですが、どう見ますか?
A5)
衛星写真が捉えた北朝鮮北東部の核実験場の状況から、アメリカや韓国の政府当局は「北朝鮮はいつでも核実験を行える状態」と分析しています。
しかし、そうした分析が示されてから一定の時間が経っているのですが、これまでのところ核実験は実施されていません。
その理由について、韓国のクォン・ヨンセ統一相は、先週、外国メディアとの会見で「あとはキム・ジョンウン総書記の判断次第だが、北としては、政治的な効果が最も大きくなるタイミングを計っている可能性がある」という見方を示しました。
一方で、韓国の識者などからは、中国が水面下で反対しているために北朝鮮としても核実験に踏み切ることができないのではないか、という分析も出ています。
Q6)
中国は北朝鮮の「後ろ盾」という印象が強いですが。
A6)
確かに、中国指導部は、北朝鮮の弾道ミサイル発射に関しては黙認する姿勢を示してきました。
例えば、国連安全保障理事会で、ことし5月、弾道ミサイルを発射した北朝鮮に対して制裁を強化する決議案をアメリカが提出したのに対して、中国は、ロシアとともに、拒否権を行使して否決しました。
北朝鮮に対する制裁決議が安保理常任理事国の拒否権で退けられたのは初めてでした。
いかに安保理が機能不全に陥っているかを見せる結果となりましたが、その中国も、北朝鮮の核実験となると、中国東北部でも揺れが感知されて人々が不安に襲われることもあって、強く反対してきました。
過去には北朝鮮の核放棄を目指す6か国協議の議長国を務めたという経緯もあります。
こうした点から、中国指導部としては、核実験となると安保理で制裁決議案に関して拒否権を行使するのは難しい、平たく言えば「かばいきれない」と北朝鮮指導部に通告したのではないか、という観測も出ているわけです。
キム・ジョンウン総書記としても、中国との関係を悪化させてはアメリカや韓国に強い姿勢を取るのは非常に難しくなることは理解しているでしょう。
米朝間、南北間で対話が止まっているなか、北朝鮮の核実験をはじめとする軍事挑発を左右するのは中朝間の水面下のやり取りとなっている可能性はあります。
(池畑 修平 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら