アメリカのバイデン大統領は、先月の日本訪問で、台湾防衛をめぐり、軍事的に関与する意思を明言しました。こんなやり取りでした。
(日米共同記者会見/5月23日)
記者「台湾防衛のため軍事的関与の用意はあるか?」
バイデン「イエス」
記者「あるんですね」
バイデン「それがわれわれのコミットメントだ」
バイデン「『ひとつの中国政策』に同意しているが、力によって奪い取れるという考えは適切ではない。地域全体を混乱させ、ウクライナで起きたことと同じような行動になる。だから、負担はいっそう重くなる」
こうしたバイデン大統領の発言には、どのような意図が込められていたのか?台湾防衛をめぐるバイデン政権の“あいまい戦略”について、髙橋解説委員とともに考えます。
Q1)
まず、この発言に中国は反発しています。日米でも従来よりも踏み込んだ発言と受け止められ、波紋を広げました。これはバイデン大統領の失言?それとも意図的な発言だった?
A1)
▼確かにバイデン氏は、うっかり発言の多い政治家だが、この場合は必ずしも失言とは言い切れない。
▼大統領就任後これまで少なくとも2回こうした発言を行い、そのたびに台湾防衛に関して「アメリカの政策に変わりはない」と説明している。今回もそうだった。失言という言葉を敢えて使うなら、“意図的な失言”というところか。
▼バイデン氏は、米中の国交正常化以前から議会上院で外交委員会に所属し、アメリカで台湾問題の機微に触れるところを知る数少ない現役政治家のひとり。
▼実は、上院議員時代、ワシントンポスト紙に、こんな寄稿をしたことがあった。「中国が台湾を攻撃した場合、アメリカに台湾を防衛する義務(obligation)はあるか?」と問われた当時のブッシュ大統領が「イエス」と答えたことについて、「繊細さに欠ける」と批判。「外交や法律では言葉が大事だ」として、アメリカの歴代政権が踏襲してきた“あいまい戦略”を逸脱しないよう苦言を呈した。
▼今回もバイデン大統領は、台湾防衛に「コミットメント(誓約)」という言葉は使ったが、「義務」と言う言葉は使わなかった。
▼バイデン大統領は、去年12月、ウクライナ情勢をめぐって、アメリカは軍事介入しないと明言し、それが結果的にロシアによる侵略行為を誘発したと、野党・共和党陣営から批判されている。
▼しかし、台湾問題では、“あいまい戦略”の基本姿勢は崩さず、中国が武力で台湾統一を図ることがないよう、けん制する意図がうかがえた。
Q2)
“あいまい戦略”って、どういうもの?
A2)
▼仮に中国が武力で台湾統一を図ろうとした場合、アメリカがどう対応するかをあいまいにしておく戦略を指す。アメリカは軍事介入するかも知れないし、しないかも知れない。そこを敢えて明確にしないことで、中国による台湾侵攻を抑止し、同時に台湾が一方的に独立をめざして緊張を高める事態を防ぐねらいもあった。
▼具体例をみてみよう。ひとつは米中が国交を正常化した1979年にアメリカで制定された「台湾関係法」という法律。そこには、「平和手段以外で台湾の将来を決定しようとする試みは、いかなるものであれ、地域の平和と安全に対する脅威だ」と明記され、台湾の自衛のための兵器供与や、台湾に危害を加える行為に対してアメリカが対抗能力を維持することが盛り込まれた。しかし、アメリカによる台湾の防衛義務は定められていない。
▼もうひとつの具体例が、「ひとつの中国政策」。大統領は今回「ひとつの中国政策に同意している」とわざわざメモをみながら発言した。この「ひとつの中国政策」にも、実はあいまいな部分が隠されている。
Q3)
「ひとつの中国政策」にあいまいな部分があるって、どういうこと?
A3)
▼中国が主張しているのは「ひとつの中国原則(One China principle)」と言う。アメリカが主張するのは「ひとつの中国政策(One China policy)」両者は似て非なるもの。
▼中国が言う「ひとつの中国原則」は比較的わかりやすく明確だ。世界に①中国はただひとつ、②台湾は中国の不可分の一部、だから③中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府という三段論法をとる。
▼これに対して、アメリカの「ひとつの中国政策」は、③については「承認する(recognize)」として、台湾の中華民国とは外交関係を断絶し、北京の中華人民共和国と国交を正常化した。しかし、①と②については、「認識する(acknowledge)」という表現にとどめている。acknowledgeはrecognize とかagreeとかより法律的に弱い言葉。「あなた方がそう主張していることは知っています」「反対はしませんよ」という意味。
▼ちなみに日本は中国と国交を正常化した際、そこを「十分理解し尊重する」とした。
▼では、どうしてこういう微妙な表現のニュアンスの違いが生まれたかと言うと、最も有名なのが、米中が急接近して世界をあっと言わせた1972年の上海コミュニケだった。
▼上海コミュニケは「米国は、台湾海峡の両岸のすべての中国人が、中国はただひとつであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識(acknowledge)している。米国政府は、この立場に異論をとなえない」とした。
▼機密指定を解除された当時の交渉記録や関係者の証言、ニクソン政権が残したテープ録音を聞くと、この文章こそ、米中が歴史的な握手をするまでの最大の難所だったことがわかる。双方の立場が一致したわけではないものの、少なくとも双方の主張が相容れたかのように見える微妙な表現をひねり出した。
▼ただ、双方の認識のズレは半世紀後の現在もそのまま残されている。だから、いまも中国は、台湾問題でアメリカともめるたびに「ひとつの中国原則を確認できた」と言い、アメリカも「ひとつの中国政策に変わりはない」とくり返す。
▼台湾問題は、米中対立の核心だ。中国共産党にとっては、統治の正統性にかかわるので絶対に譲れない。アメリカ側も“あいまい戦略”を見直すことには極めて慎重だ。
▼しかし、現在の中国は、当時に比べて軍事力も経済力も途方もなく大きくなり、アメリカ議会の一部や専門家らの中には、従来の“あいまい戦略”では、もはや中国の武力による台湾統一は抑止できないのではないか?そうした議論も出始めている。
Q4)
では、バイデン政権は今後、台湾防衛にどのように臨んでいく?
A4)
▼先月の日米共同声明は、台湾海峡の平和と安定の重要性を改めて強調し、両岸問題の平和的な解決を促した。中国が力による一方的な現状変更に走ることのないよう、アメリカは、日本など同盟国との連携を強化することで抑止力を維持していくのが基本姿勢だ。
▼この抑止力に関して、ことし3月、バイデン政権が概要を明らかにした「国家防衛戦略(NDS)」には、「統合抑止力」という新たな考え方も盛り込まれた。オースティン国防長官によると、従来の軍事力だけでなく、経済制裁や情報戦、同盟国や友好国とのネットワーク、国際社会による外交圧力なども、すべて幅広くフル活用することで、国際秩序を脅かす国を抑止するという考え方。
▼この「統合抑止力」は、今まさにウクライナを侵略したロシアに対して、どこまで効果を挙げるかを試されている。その行方が今後の台湾問題にも影響することになりそうだ。
(髙橋 祐介 解説委員)
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