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ウクライナ情勢と世界の食糧危機

出川 展恒  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって3か月、停戦の見通しは見えません。この戦争の影響で、今後、世界的な規模で、深刻な食糧不足や食糧価格の高騰が起きることが懸念されており、多くの人々の命や暮らしを圧迫し、国によっては政情不安の原因にもなりかねない状況です。この問題について、出川解説委員と考えます。

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Q1:
ロシアによるウクライナ侵攻によって、ウクライナの一般市民に大勢の犠牲者と難民・避難民が出ていますが、この戦争がもたらす食糧不足の問題もクローズアップされていますね。

A1:
はい。食糧不足や食料価格が高騰する問題が、世界的に広がり始めており、先週19日、国連安全保障理事会でも、この問題に焦点を絞って話し合う会合が開かれました。
グテーレス事務総長は、「このままでは、世界的な食糧不足に陥るおそれがある」と指摘し、「人々を飢餓から救うためには、速やかに戦争を終わらせ、国際社会が結束して行動する必要がある」と訴えました。

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また、WFP・国連世界食糧計画は、先月発表した報告書で、この戦争が続けば、世界全体で新たに4700万人が「飢餓」に陥るおそれがあると指摘しています。

Q2:
ロシアとウクライナは、ともに食糧の輸出大国ですから、影響は深刻ですね。

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A2:
その通りです。とくに、主食となる小麦の輸出量では、ロシアが世界第1位、ウクライナが第5位で、この両国で、世界のおよそ30%を占めます。とうもろこしも、両国合わせて、およそ20%、食用のひまわり油は、50%以上を占めています。戦争の影響で、この両国からの食糧輸出が激減し、戦争前からすでに高値となっていた世界の食糧価格が、いっそう高騰しています。

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ウクライナは、国土の7割が農地ですが、ロシア軍の侵攻で畑が荒らされ、農家の人々も戦闘に駆り出されて、農作業ができなくなっています。また、収穫済みの作物も、港や道路が破壊され、輸出できません。
ロシア軍は、輸出用の船舶を武力で威嚇していると伝えられ、港の倉庫には、輸出できなくなった小麦などが大量に留め置かれています。加えて、ロシアから燃料や化学肥料が輸入できなくなり、農業全体が壊滅的な打撃を受けています。国内消費用の小麦も不足し、ウクライナ政府は、輸出規制を実施しています。

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一方、ロシアは、ウクライナを上回る食糧の輸出国です。アメリカやヨーロッパ諸国が、ロシアに対し実施している制裁の影響で、各国のロシアからの食糧輸入が大幅に減っています。さらに、ロシア政府が、対抗措置として、欧米諸国への食糧や肥料の輸出を制限していることも、食糧不足に拍車をかけています。

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FAO・国連食糧農業機関によりますと、主な食料品の国際取引価格をもとにした「食料価格指数」が戦争勃発後、急上昇し、3月は、159.7と、これまでで最も高い値を記録しました。先月(4月)も、158.5と高止まりしています。

Q3:
具体的には、どんな国や地域で、食糧不足の影響が出ているのでしょうか。

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A3:
食糧を自給できず、経済的に貧しく、紛争が起きている国、とりわけ、ロシアとウクライナからの輸入に頼ってきた国への影響が甚大です。 両国からの小麦の輸入が全体の30%を超える国が、およそ50カ国あり、その多くは、中東、アフリカの国々です。

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▼泥沼の内戦が続く、アラビア半島のイエメンでは、小麦の40%をウクライナとロシアから調達していましたが、戦争と制裁の影響で、食糧の搬入が凍結されました。
WFPによりますと、「飢餓」、すなわち、十分な食糧が得られず支援を必要とする人々が、今年の後半には、イエメンの人口のおよそ3分の2にあたる1900万人に達する見通しです。このうち、「飢きん」、すなわち、命を失うおそれもある最も深刻な状況に置かれた人々が、現在の5倍の16万人にまで増えると予測され、その多くは、5歳未満の乳幼児です。現地で支援にあたるWFPでは、小麦の新たな調達先を探す一方、1人あたりの食糧の配給量を減らす方法で急場をしのいでいます。

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▼また、人口およそ1億人のエジプトは、世界最大の小麦の輸入国で、およそ80%を、ロシアとウクライナから輸入してきました。政府は所得の低い人たちを対象に多額の補助金を出して、基礎食品のパンを、非常に安い価格に抑えてきました。ところが、今回の戦争で、小麦の輸入が困難になりました。政府は、備蓄の小麦で賄っているものの、価格の高騰が続けば、財政破綻を招くおそれがあります。エジプトでは、11年前、当時のムバラク政権が民衆の抗議運動で倒された背景に、パンなど食糧価格の値上がりもあったとされ、現政権は神経をとがらせています。

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▼アフリカ大陸では、このほか、エチオピア、スーダン、南スーダン、ソマリアなどが、深刻な食糧不足に直面しています。

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AU・アフリカ連合の議長国、セネガルのサル大統領は、22日、「これはアフリカ全体にとっての危機だ」と述べ、近く、ロシアとウクライナを訪れ、停戦を働きかける意向を示しました。

Q4:
食糧不足や急激な値上がりは、政情不安の原因ともなりうるわけですね。国際社会としては、どう対応すれば良いのでしょうか。

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A4:
▼もちろん、根本的な解決のためには、ウクライナでの戦争を、一刻も早く終わらせることが重要です。しかし、停戦を実現させるための外交交渉は、大勢のウクライナの一般市民が殺害された影響もあって、先月初め以降、ほとんど進んでいません。

▼戦火が収まるまでに時間がかかるとしても、できるだけ、食糧の生産や貿易を維持し、サプライチェーンを守ることが大切です。自分の国の食糧を確保するため、輸出を制限したり、関税を引き下げたりする政策は、食糧の国際価格をつり上げてしまうため、慎むべきです。

▼ロシアとウクライナからの輸入に頼ってきた国は、別の調達先や、代わりとなる作物を探すことが必要です。たとえば、小麦が不足するなら、別の国からコメを輸入するといった工夫です。また、食糧備蓄を活用し、各国どうし融通しあうことも必要です。

▼そして、何よりも、世界的な食糧不足や価格の高騰によって、紛争や貧困に苦しむ人々の命が失われるおそれがあることを忘れてはなりません。新型コロナウイルスとの闘いにも共通することですが、世界全体を巻き込もうとしている今回の食糧危機、各国が自国の利益ばかりを考えていては、克服できません。国際的な協力体制をつくり、食糧の生産や流通に関する情報を共有して、命を守るため、国境を越えて助け合うこと。できるところから、有効な対策を実施してゆくことが大切だと思います。 

(出川 展恒 解説委員)


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