インド洋の真珠とも呼ばれるスリランカ。自然豊かなこの国は今、独立以来最悪の経済危機に陥り、市民の抗議デモが続いています。今月9日には首相が辞任。大統領の辞任を求める声も高まっています。危機に陥ったスリランカに対してこの地域での影響力の拡大を狙う中国とインドの攻防も激しさを増しています。スリランカは危機を脱することができるのでしょうか。混乱の背景とアジアへの影響を考えます。
Q.なぜスリランカでは混乱が深まっているのですか?
慢性的な財政赤字に加えて、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大とロシアのウクライナ侵攻が背景にあります。
スリランカは観光が主要な産業で、GDPの4%あまりを占め、貴重な外貨収入源です。ところが新型コロナの流行により海外からの観光客が激減し、国家収入が大きく落ち込みました。そこへロシアのウクライナ侵攻が追い打ちをかけ、輸入食料品やガソリン、ディーゼル燃料が不足し、通貨安もあって価格が急騰しました。
食料品の値段は去年より3割上昇、電力不足による停電が頻繁に起きるようになりました。外貨がこのようにほぼ底をつき、イランから輸入した原油の代金を紅茶で支払うことにしたほどです。
Q.外貨不足と物価の高騰が市民の生活を苦しめ、抗議デモにつながっているというわけですね。
その通りです。政府に不満を持つ人々の抗議デモは最大都市コロンボから全国に拡大し、
先月はじめには非常事態宣言が出され、首相を除くすべての閣僚が辞任しました。その後新たな内閣が発足しましたが、混乱はおさまらず、9日マヒンダ・ラジャパクサ首相が辞任に追い込まれました。マヒンダ氏は2005年から10年間大統領を務め、2009年にはタミル人武装勢力を制圧して26年続いた内戦を終結させました。その後首相を3度にわたってつとめてきた実力者です。そのマヒンダ氏が辞任し、窮地に追い込まれているのがマヒンダ氏の4歳下の弟のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領です。
Q.首相の弟が大統領だったのですね。
ラジャパクサ一族はスリランカの政治や経済に大きな影響力を持ち、先月まで経済開発大臣やスポーツ大臣をはじめ数多くの閣僚ポストを親族が握っていました。
マヒンダ氏のもとスリランカは道路や鉄道などのインフラ整備に力を入れ、空前の建設ラッシュとなりました。しかし観光と紅茶以外の産業は育たず借金ばかりが膨らみ「債務の罠」に陥ったのです。
Q.債務の罠がキーワードですね。
債務の罠とは融資を受けた国が債務の返済に行き詰まり、融資の対象となったインフラを手渡したり軍事的な協力をしたりするなど政策や外交の圧力を受けるようになることです。
中国は巨大経済圏構想、「一帯一路」の一環として親中派のマヒンダ氏が進めるインフラ整備に巨額の融資を行いました。
ところが債務が莫大な額に膨らんで返済不能となり、南部の重要な港湾ハンバントタ港の運営権を99年間中国に渡したのです。債務の罠の典型例です。ハンバントタはラジャパクサ一族の地元で、必要のない国際空港まで建設されました。縁故主義や汚職と利益誘導、それに中国への過度の依存への批判が強まり、マヒンダ氏は大統領選挙で敗北を喫しました。その結果スリランカは中国一辺倒からインドに目が向けられるようになりました。
Q.それなのになぜラジャパクサ一族による支配が復活したのですか?
テロが大きなきっかけでした。2019年4月、コロンボのシャングリラホテルをはじめとする高級ホテルや各地の教会など8か所でイスラム過激派による連続爆弾テロが起き、日本人1人を含む260人以上が死亡、500人以上がけがをしました。このテロで治安への不安が一気に強まり、内戦を終結させた実績のあるマヒンダ氏の復活を望む声が高まったのです。ただ、大統領の3選が禁じられたため、この年行われた大統領選挙には弟のゴタバヤ氏が立候補して当選し、マヒンダ氏は首相に就任しました。ゴタバヤ氏は所得税減税など人気取り政策を進め、財政赤字がさらに膨らみました。テロがラジャパクサ一族の復活を招き、結果として経済危機に拍車をかけたといえそうです。
Q.危機の一因ともなったのが中国の過大な融資だったということですが、中国はこの危機にどう対処しているのですか?
現地の報道によれば中国政府は3月、スリランカに対して債務返済のための10ドルの融資と中国製品の輸入支援のため15億ドルの融資枠拡大を検討していると発表しました。また今年1月ラジャパクサ大統領が中国の王毅外相との会談で中国への債務返済期間の見直しについて求めましたが、JETROによれば今のところ中国は応じていないということです。
スリランカの危機に積極的に動いているのはインドです。インド政府は先月、スリランカ支援のために燃料や食料の購入のための融資枠の拡大を発表、今月には条件付き融資など支援額はあわせて35億ドルに拡大するとしています。スリランカの対外債務の10%が中国で、インドは2%です。インドはスリランカの対中依存を減らす好機ととらえているのです。
Q.中国とインド以外の日本をはじめアジア各国にも影響はあるのでしょうか。
スリランカは親日的な国として知られています。第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和会議で対日賠償請求権を放棄し、日本の国際社会復帰への道を開いたと言われます。これに対し日本は経済援助や平和構築などの支援を積極的に行い、かつては最大の援助国でした。今回日本政府はIMF・国際通貨基金とスリランカ政府の協議の行方を見守るとしていますが、IMFによる融資まで時間がかかることが予想され、つなぎ融資などを求められる可能性もあります。
スリランカは面積が北海道の8割ほどの小さな島国ですが、インド洋の海上輸送路に位置し南アジア随一の物流の拠点です。地政学的にも重要な国だけに、これ以上の混乱を防がねばなりません。また、新型コロナとウクライナ危機の影響を受けている国はスリランカだけでなく、パキスタンやネパールなども危機に直面しています。今、世界の目はウクライナに向いていますが、南アジア地域全体が不安定しないように日本をはじめ国際社会が注意深く見守っていくことが重要だと思います。
(二村 伸 解説委員)
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